第5話 ドライアド



 ――3階層全てを花で埋め尽くした後、2人は再度頂上階へと戻って来ていた。


 花畑に座る2人の間には微妙な距離があり、何とも初々しいというか何というか。


 リョウはドキドキとうるさい心臓を必死に抑えようと努め、極めて冷静な振りを装う。


(スキンシップが、多いっ。身が、保たない!)


 彼の生きてきた中で、女性と2人きりになった経験など1度もない。

 ましてや目の前にいるのは、葉と蔦で作られただけの服を身に纏う絶世の美女だ。


 このままでは、人間と戦う前に配下に殺されてしまう。死因は女性との触れ合い。笑えない。


 取り敢えず1人になろう、そう考えリョウは立ち上がる。


 しかしそんな頭の中が熱機関状態の彼を、ドーラが覗き込んだ。


 「リョウ様?どうなさいました?」


 「……へ?あ、何でもな――ッ」


 中腰で前屈みになっているドーラを、リョウは見下ろす形になるわけで。


 ドーラの服は原始人もかくやなわけで。


 必然的に、豊かな双丘が目に入ってしまうわけで。


 (やばいやばいやばいやばい!)


 シュバっ、と音がするほどの速さで顔を背けたリョウが、

 直前で何を見たのか見逃すドーラではない。


 彼女は嫣然に口元を緩め、胸を強調するように詰め寄る。


 「あら?リョウ様、いきなりどうしたのです?まるで見てはいけない物を見てしまったような顔をして。あらあら?リョウ様?あらあら?」


 「い、いや、僕は何も見てない、見てないぞ」


 ドライアドの本質は、男を誑かし食らう悪性。

 リョウの初心な反応が、ドーラの本能を擽った。


 リョウは必至に顔を背けるが、男の性か、チラチラと視線が引き付けられてしまう。


 指摘しようにも、自分にそんな度胸がない事は分かっている。


 リョウが必死にワナワナムラムラしていると、満足したのか彼女はゆっくり引き下がった。


 「ふふふ、リョウ様があまりにも可愛かったので、ついからかってしまいました。お許し下さい」


 「う、うん。僕も悪いし、いいよ」


 「あら、認めましたね?」


 「あ、いや、」


 うっかり口を滑らした事に気付くが遅い。


 彼女は「もういいですよ」と笑う。


 そして空気が緩んだのを機に、彼女は微笑みを崩し真面目な瞳でリョウを見た。


 「リョウ様、1つだけ、お願いがあるのです」


 「う、うん。何?」


 ドーラは懐から、淡い緑をした小さな花の苗を取り出す。


 「……これは私の本体です。半精霊である私は、身体をいくら壊されようと復活しますが、唯一本体を壊されると死んでしまいます。

 これは、リョウ様に持っていただきたく」


 「ぼ、僕に?」


 恭しく渡される命の源ともいえる花を、リョウは慎重に、傷をつけないように受け取る。


 「私の命は、いついかなる時もリョウ様と共にあります。私の忠誠をお受け取り下さい」


 跪く彼女が命をもって再度忠誠を誓う。


 彼女の決意が分からない程、リョウもヘタレてはいなかった。


 「……うん、分かった。この花は僕が守るよ」


 「有難き幸せ」


 彼は何となしに、花の茎を人差し指の外側で撫でる。


 「ぁんっ」「うぇ⁉︎」


 熱っぽい声にリョウがビクり、と固まる。


 「……感覚は繋がっているんです……」


 「……ごめんなさい」


 素直に謝るヘタレであった。



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