第3話 故郷(ふるさと)もどき

「あんた、その眼は……?」


 思わず言葉にして訊いてしまった――我ながら心無いことだ。

 

「これか。城が陥ちたときの火災で少々な。なに、十年もたてばさほど気にならん。周囲のことは気配と音でわかる」


 彼女が左手で自分の耳を指さした。

 俺はその指の先を見て、彼女の耳が熊笹の葉のようにとがった形をしていることに気が付いた。エルフか何か、そのたぐいの妖精族の血を引いているに違いない――そういえば、ゲームのサクソニアにもエルフがいた。

 

「城が陥ちたって? じゃあそれから――十年? ずっとここに?」


「うむ……ここはもともと私の分隊が警備任務の際に集合場所にしていたところなんだ。だれか生き残りがいれば、いずれここに戻って来るかと思って……残念ながら他の隊員には会えていないが、街の住人は私を頼りにしてくれている」


「そうなんです! リョースさんにもびっくりしましたけど、デジレさんはもっとすごいんですよ! この間も城壁の破れたところから入ってきたフクレガエルを一撃で――」


 エリンが俺の袖を引っ張り、目を輝かせてデジレの武勇を言い立てる。だが、女騎士は静かに赤毛の少女をたしなめた。


「エリン、すまないがまず急いで薬草をマレット殿に届けて来てくれ。私は少し、このリョースさんと話があるから」


 目を覆ったままの顔が意味ありげにこちらを向いた。どうやら「お前はいったんここに残れ」という意味であるようだ。


「……はい、行ってきます!」


「ああ、肉は病人に優先で回すようにな」


 ――はぁい。

 

 走り去るエリンの声に、少しだけ不服の響きが混じったような気がした。自分も食べたかったのだろうか? 

 街は荒れ放題、今いる商店街の付近以外はあらかた廃墟のようだ。こんなところでコンスタントに食料を入手するのは難しそうだし、肉は貴重品であるに違いない。

 

 デジレは遠ざかるエリンの足音に耳を傾ける様子だったが、少女の姿が崩れかけた民家の陰に消えるとすり足で体を入れ替えてこちらへ向き直った。

 

「さてと……少し質問させてもらっていいかな? リョースさんとやら」


箕形亮介みかた・りょうすけだ……まあ、発音しにくかったらリョースで構わない」


「珍しい響きの名前だな。それで、あなたはどこから来た?」


「んっ?」


 質問の意味がよくわからない。まあ、「異世界から来た」などとうかつに言わない方がよさそうだ――

 

「森の向こうから街道を歩いてきた。方角は……北から、でいいのかな? ……たぶん」


「ほお」


 甲冑の関節部をガシャリと鳴らして、彼女が手にした長剣の切っ先をこちらへ向けた。

 

「面白いことを言う……本気か? 北の街道と言えば、その行きつく先はかつてこの都を蹂躙し焼いた、妖魔どもの領域なのだが……?」


 あれ。これはまずいことになってるか。

 

「待ってくれ。俺はそんなんじゃない……その、信じてもらえないかも知れないが、ずっと昔はこの街に家もあったんだ」


 事実かと言えば微妙だが、俺の主観としては嘘ではない。

 サクソニア・オンラインのゲーム内では、プレイヤーはレヴァリングの城内、商店街からやや離れた一角に、自分のアパートメントを持つことができたのだ。

 住所と入り口が全プレイヤーで共用ながら、キャラクターごとに個別のインスタンスとして内部はある程度自由に装飾することが可能で、俺もそれなりに趣向を凝らして内装を調えていた。

 

「家……ふむ。どのあたりに?」


 そう言われると少し困る。ゲームの画面で見た街並みと今ここにある奴は、当然ながら規模や精細度が違うのだ。

 おおよその配置は同じだとしても、平屋が一軒あったはずのところに、二階家が三軒くらい建てられているような差がある。


「うーん、だいたい仕立て屋が何軒か集まってた界隈だったと思うんだが、どうも記憶がはっきりしない。街道に出たときの感じと言い、俺は何かの呪いを受けてるんじゃないか、と思える」


 今の状況とお互いの情報のずれにうまく合致しそうな言い訳を、なんとかでっちあげたつもりだった。正直俺もいま途方に暮れている。本当にそんな経緯だったらどんなに楽なことか。

 

「突飛すぎて到底信じられん、と言いたいところだが……ふむ」


 奥歯にものの挟まったようなその言い方が、妙に気になった。


「なにか?」


「いや、こちらにも思い当たるふしがないでもなくてな……」


 剣の切っ先を地面へ向け、デジレはおとがいの辺りをつまむように左手をあてて首をひねった。そこへ、年の頃四十くらいの、がっしりした体つきをした男が小走りに駆けてきた。

 

「デジレ団長! エリンを助けた流れ者ってのはどこです!?」


 ひどいガラガラ声が頭の上から降って来る。俺より身長が三十センチばかり高い。

 

「ああ、ガストンか。その男ならここにいる。そら、たぶん目の前に見えてると思う」


 デジレが小さく顎をしゃくる。だが彼女が示した方向は、俺が新来者を避けて動いたせいで少しずれていた。

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