キリマンジャロ(ブラック)

 それからしばらくの間、わたしは宿題をしたり、パパの仕事を眺めたりしていた。

 お店の中にいる人たちは、みんな楽しそうな顔をしている。

 わたしは足をぶらぶらさせながら、そんな光景を見ていた。

 すると、入り口の方から足音が聞こえてきた。


「こんにちは」


 入ってきた人は、女の人だった。その人は、窓のそばのテーブル席につく。


「おや、いらっしゃいませ」


「マスター、いつものお願いします」


「はい」


 パパはうなずくと、カウンターの奥に入っていった。

 わたしはこっそり、その人のことを観察してみる。

 キレイなお姉さんだった。

 背が高くて、モデルさんみたいにスタイルがよくて……。真っ黒なつやつやした髪が、背中まで伸びている。

 すごく美人さんだったから、思わず見とれちゃった。


「ん?」


 ふと目が合うと、お姉さんがこっちにやってきた。


「あら、かわいい子がいるじゃない」


 わわっ!? 急に話しかけられて、ビックリしちゃった。


「あなた、名前はなんていうの?」


「えっと……」


 ドキドキしながら、なんとか答える。


「も、萌香もかです……小学二年生です!」


「萌香ちゃんっていうんだ。よろしくね」


 お姉さんはニコッと笑うと、わたしの隣に座ってきた。

 そこで、パパがコーヒーを運んできた。お盆をテーブルに置いて、お姉さんのまえに置く。


「どうぞ」


「ありがとうございます。……この子は、マスターの娘さんですか?」


「おや。桐間きりまさんには紹介がまだでしたか」


 パパは笑いながら言った。


「うちの娘ですよ。ほら、挨拶しなさい」


「はい!はじめまして」


 ペコリとお辞儀する。


「ふふ。こちらこそ、よろしく」


 お姉さんは笑いながら言った。

 笑った顔がとってもステキだった。……こんな大人になりたいなぁ。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、パパは戻っていった。


「萌香ちゃん、コーヒーが好きなの?」


 お姉さんが、わたしのカップを見て聞いてきた。


「うん。大好きなの!」


「そっか。私と同じだね」


 そう言うと、お姉さんはカップを手に取った。

 お姉さんのカップには、髪の色と同じ、真っ黒いコーヒーが入っていた。


「ミルクとおさとうは、入れないの?」


「ブラックのほうが好きなの。コーヒーの香りと苦みが楽しめるからね」


「へぇ~」


 すごいなぁ……。大人の人って感じがして、カッコいいかも。


「よかったら、私のコーヒー、少し分けてあげようか?」


「えっ、ほんとに!」


「もちろん。はい、どーぞ」


 お姉さんは自分のカップを差し出した。わたしは両手で受けとる。


「ありがとう!いただきまぁす」


 カップを口に持っていく。そして、ゆっくりと口に含んだ。……うわぁ、苦いぃ。


「ふふっ。やっぱり、まだ早かったみたいね」


「うぅ……」


 わたしの反応を見て、お姉さんはおかしそうに笑った。むむむ。なんだかくやしい。


「もう少し大きくなったら、飲めるようになると思うわ」


「そうかなぁ……」


「そうよ。きっとね」


 そう言うと、お姉さんは自分の席に戻っていった。


 宿題の終わったわたしは、またカウンターのはしっこの席で、まわりを見てた。

 目の前にあるのは、パパのお仕事道具。銀色のトレイの上には、いろんな形のコーヒーミルとサイフォンが並んでいた。

 パパがコーヒーをつくる時は、まるで研究してるみたいに真剣になる。豆を砕いて粉にして、お湯を注いで……そうやって、おいしいコーヒーができるんだよ。

 わたしもいつか、あんなふうにコーヒーをいれられるようになりたいな。

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