パパのきっさてん

夜桜くらは

ブレンド、ミルクコーヒー

 コーヒーのにおいと、おしゃれな音楽。ここは、わたしの大好きなところ。

 わたしのパパは、このお店で働いていて、お客さんからは『マスター』って呼ばれてる。

 今日もカウンターの向こうで、忙しそうに動き回ってる。でも、ときどき立ち止まっては、ちょっとだけ笑顔をふりまいて。みんながうれしそうな顔をするから、わたしまでニコニコしちゃうよ。


「パパ、ここでお勉強しててもいい?」


「ああ、いいぞ」


 やったぁ! パパのお仕事のじゃまにならないように、静かにしてようっと。えーと……今日の宿題はこれだっけ?

 カウンターのはしっこに座って、ランドセルからノートや教科書を出してると、となりに誰か座ったみたいだった。

 チラッと見たら、ここによく来るおじいさんだった。こういうお客さんのこと、『じょうれんさん』っていうんだっけ……。


「マスター、いつものを頼むよ」


「はい、ありがとうございます」


 おじいさんの声に、パパが返事をした。

 それから少しの間、静かな時間が流れる。

 ふと気になって横を見たら、おじいさんは本を読んでた。分厚い表紙には、見たこともないような文字が並んでいたけど……きっとむずかしい本なんだろうなって思った。

 しばらくすると、さっき注文した飲み物が出てきた。


「どうぞ」


「おお、これはありがたい」


 おじいさんは嬉しそうにカップを手に取ると、ゆっくり口に運んだ。


「ほう……」


 目を閉じながら、しみじみとした声で言った。


「やはり、ここのコーヒーが一番うまいなあ……」


 その声を聞いて、なんだかこっちまでうれしくなってきた。

 パパのいれるコーヒーは、すっごくおいしいんだよ!


「ははは。深森ふかもりさん、いつもありがとうございます」


 パパは笑いながら答えた。そして、また作業にもどっていった。

 おじいさんはコーヒーを一口飲むと、また本を読みはじめた。いいにおいが、わたしの鼻をくすぐる。……そろそろ、わたしも飲みたくなってきたかも。


「ねえ、パパ。わたしのぶんも作って~!」


「ああ、いいとも」


 パパは笑顔で答えると、てぎわよく準備をはじめた。

 カップにコーヒーを入れて、ミルクとおさとうを入れる。あっという間にできあがったそれを、わたしの前に置いてくれた。


「いただきます!」


 わたしはすぐに飲もうとして……でも、あわてて手を引っ込めた。あぶないあぶない。まだ熱いんだよね。……ふう。ちょっと冷めるまで待とうかな。

 そんなことを考えていたら、となりから話しかけられた。


「お嬢ちゃんは、コーヒーが好きなのかい?」


「うん、大好きだよ!」


 元気いっぱいに答えると、おじいさんは小さく笑った。そして、パパのほうを見ながら言う。


「素敵な娘さんだね」


「ええ。自慢の娘ですよ」


 パパはニッコリ笑って言った。

 ……ほめられちゃった! うれしいなぁ。

 わたしの顔を見て、パパは優しく微笑んでくれる。それが何よりのごほうびになった。

 しばらくしてから、となりにいるおじいさんが立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行くとするかね」


「ありがとうございました」


「ありがとうございましたー!」


 パパに続いてあいさつをする。

 おじいさんは、ちょっとおじぎをして出ていった。


 ……そうだ!わたしのコーヒー、そろそろさめたかな?カップを持って、フーッと息を吹きかける。よし、これなら大丈夫そう。

 一口飲んでみたら、ちょうどいい温かさになっていた。ミルクとおさとうがたっぷり入った、あまぁいミルクコーヒー。わたしの大好きな味だ。


「パパ、おいしいよっ!」


「ありがとう」


 満面の笑顔で言うと、パパは照れくさそうな顔をしながら、頭をなでてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る