第17話

「茜くん!」

「茜!」

「あかねくん……!」

「西園寺くん」

「アカネ!」


 ぼくらはそれぞれ、茜くんの名前を呼んだ。

 呼ばれた茜くんは、ニコリと笑う。

 いつもの、落ち着いた優しい笑顔。


「やあ。みんな無事で何よりだ。先生の頼まれごとがようやく終わってね。だけど誰もいないから驚いたよ」

「西園寺くん、どうしてここが……?」

「書き置きがあったからね。あの字は天内くんだろう? おかげで間に合ったよ」

「若葉、そんなことしてたのかよ!」

「う、うん……」


 ここに来る直前だ。

 みんなが先に入っていく間に、ぼくはいくつか準備をしていた。

 一つは単純に懐中電灯とかの用意だけど……もう一つは茜くんへの書き置き。

 ……やっぱり、茜くんを疑うことは、できなくて。

 それに、茜くんはやっぱり、すごく頼りになると思うから。

 みんなで地下に行くことをメモして残してきたんだよね。

 それにしてもすごいタイミングだ。


『おれさまを無視とはいい度胸だな!』


 三つの頭が、同時にさけんだ。

 みんなも思わず息をのむ。

 声にも重さがあるのかな。

 空気がビリビリ震えて、その迫力につぶされちゃいそうだ。

 だというのに。


「これはまた立派なヘビだ」


 カラカラと茜くんは笑った。

 ぜんぜん気圧されてなんかない。

 むしろ、余裕。

 ヘビにもその余裕が伝わったんだろう。

 さっきよりも顔を赤くしている。


『きさまから食ろうてやろう!』

「あかねくん!」

「アカネ、逃げるのだわ!」

「ふむ」


 茜くんはふところからお札を引っ張り出した。

 それを続けて投げつける。

 ヘビに当たるたびに、お札がジュッと音を立てて燃えた。

 そのまま燃えカスになって落ちていく。

 茜くんでも、ダメなのか……!?


『またその札か! ムダだ! その程度ではおれさまはやられん!』

「もう少しくらいレアよりミディアムの方が好みなんだけどな……」


 つぶやいた茜くんが、ひょいとヘビの動きをかわす。

 次の攻撃も、軽くいなしてしまう。

 す、すごい。

 ぜんぶ読めてるみたいだ。


「天内くん」

「はっ、はい!」

「よく見て」

「え!?」

「あのヘビの中でひときわ強いところはないかい? あのヘビを成(な)すもの。アレがアレたるゆえん。オレにはどう見えるかわからないが……君ならきっとわかると思うんだ」

「ひときわ、強いところ……?」


 茜くんが何を言っているのか、よくわからない。

 でも、茜くんの言葉はいつだって強い。

 ぼくは無意識に従って、ヘビをよく見てしまう。


 うっ……。

 本当は、怖い。

 茜くんが来て、余裕が生まれたからって、あのおどろおどろしい悪意のかたまりみたいなヘビを見つめるのは勇気がいる。


 でも。

 ぼくがやるしかない。

 ぼくは、みんなの目だから。

 すみずみまで、見て、見尽くしてやる。

 頭のてっぺんから、シッポの先まで。

 その中だってぜんぶ覗いてやる!


「……あ!」


 よく見て、気づいた。

 舌だ。

 舌の先が、不思議な光り方をしている!

 赤くて血みたいな色の舌。

 その先が不気味に、だけど淡く光っている。


「茜くん! 舌が! 舌が光っている!」

「なるほど」


 ほほえんだ茜くんは、動きを止めた。

 ヘビが笑う。


『とうとう諦めたか! だが楽にはしてやらんぞ! 細かく噛みちぎって、たくさん苦しめてやる!』


 そう意気込んで、ヘビが、舌を突き出してくる――!


「食べて、食べ尽くして、そうやって強くなった悪霊だからな。たしかに舌というのは、『らしい』。それにしても牛タンならぬヘビタンか。果たして味はどうかな。まあ――オレにはあまり関係ないけどね」

『へぁ……?』


 ヘビが、まぬけな声を上げた。

 というのも――舌を思い切り引っ張られたからだ。

 茜くんの、背後霊に。


『はっ、ははへ! ははへぇ!』


 はなせ、って言いたいらしい。

 聞き取りにくい声でさけんだヘビだけど、背後霊は止まらない。


 背後霊は、大きく口を開けて、ばちん!

 ヘビの舌をはさんだ。

 噛みちぎる。

 さらにそのまま、ヘビの頭もくわえこむ。


 ばり、ごり、むしゃ。

 食べる音は聞こえないけど、多分きっと、そんな音がしてるんだと思う。

 だって、桃香ちゃんが耳をふさいで震えているから……。

 頭を食べられたヘビは、暴れる力も小さくなっていった。

 あんなに怖かったのに、その圧も、どんどん消えていく。

 凶悪だった悪霊から、ただのになっていく。


「蠱毒というのは最後の一匹になるまで食べた者が、特別に強くなるらしいじゃないか」


 もう、身体の半分くらいまで飲み込んだ。

 それを見もしないで、茜くんは肩をすくめる。


「それなら、おまえを食べたオレはより強くなるわけだね。だからといってどうするわけでもないけれど。……ふむ。やはり味はよくわからないな……。――ごちそうさま」


 茜くんが言い切るのと、同時。

 ごくん。

 背後霊が、ヘビをぜんぶ噛みくだいて、飲み込んだ。

 しぃ……ん。

 部屋が静まりかえる。

 息をするのもためらうくらいだ。


「……うおー!?」


 一番に声を上げたのは、琥珀くんだった。


「なんかっ、わかんないけど! 茜がやっつけたんだよな!? あのヘビを! やっつけたんだな!」


 琥珀くんの興奮が、緊張していた空気をぬりかえてくれる。

 みんなも、わぁっと声を上げた。

 よろよろと集まり合う。


「あかねくん! ケガは!? してない!?」

「大丈夫だよ。桜田さんこそ大丈夫かな」

「わ、わたしは平気……!」

「でも苦しそうだったのだわ! モモカ、ごめんなさい。本当にごめんなさい……」

「スズ……わたしは大丈夫だよ、ね、泣かないで」

「それにしてもあっという間だったわね……さすが西園寺くんと言うべきかしら」

「なに、みんなが弱らせてくれていたからさ。それに天内くんが核を見つけてくれたからこそだね。さすがにオレも、あのサイズを丸呑みなんてできないからな」

「はは……」


 茜くんは何でもないことのように言ってのける。

 だけどぼくは、今にも腰が抜けそうだ。

 本当に、どうなることかと思った……。


「それから、スズ」

「!」


 スズが固まる。

 そんなスズの前に、茜くんがかがみ込んだ。


「実はここ数日、オレは先輩に会いに行ってきたんだ」

「え……?」

「正直なところ、今回の件はオレも解決できるか不安だったからね。先輩の助力をいただけないかと訪ねてきた。……だけど、断られてしまったよ」

「そ、そんな。おかしいのだわ。どうして」

「先輩はもう卒業してしまったからね。いつだって助けられる立場ではないし……おそうじクラブを引き継いだオレらなら大丈夫だろうって。本当に助けが必要なときは呼べとも言われたが……そして代わりとばかりに、少し、先輩に鍛えられたよ。おかげであのヘビを食べ尽くせるくらいには強くなれたようだ」


 な、なんかすごい人だな、その先輩って……。

 あの茜くんですら鍛えてしまうなんて。

 スズはショックでフラフラしている。

 茜くんが苦笑した。


「だけど先輩は、こうも言っていたよ。いつでも遊びに来いって」


 バッ、とスズが顔を上げる。

 茜くんは立ち上がった。


「時は流れるし、別れは来る。おそうじクラブのメンバーも増えたり減ったりしたように、これからだっていろんなことが変わっていくさ。この先、オレたちもね」


 ぼくは想像してしまう。

 みんなとバイバイしなければいけない日がいつか来ることを。

 ……それは、胸がぎゅっと苦しくなって。

 大きなあめ玉がのどにつっかえたみたいに、息がしにくくなって。

 スズも、ずっとこんな気持ちだったんだろうか。


「だけどそれは終わりじゃないし……悪いことばかりでもないとオレは思うよ。少なくともオレは、先輩が卒業した後も、こうして天内くんを含めたみんなと仲間になれて良かったと思っている」


 スズの肩がふるえた。しゃくり上げる。


「なあ、スズ。今度、先輩に会いに行こう。天内くんのことも紹介しなければね」


 茜くんの言葉に、とうとうスズががまんできなくなった。

 うわぁん、と大きな声が空間にひびく。

 ごめんなさい、と泣く声は、小さな子供みたいで。

 ぼくたちは代わる代わる、スズをなでたり抱っこしたり、もみくちゃになった。


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