第15話

「わかばくん、大丈夫?」

「うん、ごめん! 今行く!」


 ドアの向こうから桃香ちゃんの呼ぶ声がする。

 準備をしていたぼくは、あわてて中に入り込んだ。


 うわ、暗い。

 どうやら地下に続いてるらしい。

 ……地下って。

 ますますマンガとかでよく見る秘密組織みたいになってきたぞ。


「ちょっとドキドキするな」


 懐中電灯を持った琥珀くんが笑う。

 男の子としては、そうだよね。

 まあ、ぼくは別の……お化け屋敷に入ったときみたいなドキドキが強いんだけど……。


「じめっとしてるのだわ」


 桃香ちゃんに抱えられたスズが、不満そうに口をとがらせる。

 どれくらい歩いたんだろう。

 きっと十分くらいなんだと思う。

 でも緊張のせいか、薄暗くて歩きにくいせいか……もっともっと歩いたような気がしちゃう。

 はじめは「何があるんだろう」なんて話していたみんなも、口数が少なくなっていった。

 いや、それどころか……。


「琥珀。顔色が悪いみたいだけど」

「うるせー。それより桃香は大丈夫か」

「だ、大丈夫だよっ……あいりちゃんは?」

「……少し身体が重いくらいね」


 みんなが、異変を感じ始めた。

 どこか調子が悪そうだ。

 どうしたんだろう。

 不思議に思って、ぼくも少し……メガネを外してみる。


 ――うわ!

 何だ?

 すっごく、空気がよどんでいる。

 重々しくて……暗くって……。

 見ているだけで気持ちまで沈んじゃいそうな……。

 その重さに飲み込まれちゃいそうな……。

 そんな空気が一面にただよっていた。


 それでも、誰も帰るとは言い出さない。

 意地になってるのかもしれなかった。

 ううん。

 怖いもの見たさ……とはちがうかもしれないけど。

 きっと、ぼくもみんなも、この先に何があるのか気になって仕方なくなっていた。


 また、歩き始める。

 道は一本道だから、迷うことはない。

 そして――。


「何だ……これ……」


 ようやく突き当たりに着いたとき、ぼくらは立ちすくんだ。

 目の前には、天井まで届きそうな大きな――氷?

 いや、溶ける気配はないし……水晶なのかな?


 その中で眠っているのは……これまた大きなヘビだった。

 多分、ヘビ……だよね。

 頭が三つくらいあるけど……。

 見たこともないくらい真っ白だけど。


 ――白いヘビは、その色は、すごく……すごくキレイで。

 でも。

 なんて禍々まがまがしいんだろう。

 今は眠っているけど、もしも起きたら。

 鋭い目が、鋭い牙が、今にもぼくらに向けられそうで。

 ぼくはじっとしていられない。

 不安がむくむくと大きくなっていく。


 怖い。

 これは、怖いものだ。

 理由なんてわからない。

 だけど、目の前に立っていたら、そう思ってしまう。

 これは、ダメだ。


「うっ……」


 琥珀くんが口元を押さえて後ろに下がった。

 桃香ちゃんも、ヘッドフォンを握りしめたままカタカタ震えている。

 藍里さんは、黙ったまま両腕を互いに抱きしめるようにして、怖い顔。


「人面犬みたいなのとはちがう……よな」

「え……?」

「ほら、スズとか人面犬は実体があるからオレらにもふつうに見えるだろ。でもこいつはそういうんじゃない……よな? ヘビっぽくは見えるけどさ……」


 顔を青くしながら、琥珀くんが言う。

 ……そういえば。

 ぼくだけじゃなくて、みんなにもちゃんと見えてるみたいだ。


「わたしたちは一つの感覚が特化して強いだけで……わたしたちだけじゃなくて、クラスのみんなだって、ほかの感覚も、ゼロなわけじゃないって聞いたことがあるよ……」

「……つまり、ふだんなら感じにくい感覚でさえ感じられるほど、相手が強いってことね」


 たしかに……そうなのかもしれなかった。

 ぼくも、感じてる。

 鼻をつきさす、焦げたようなにおい。

 風の音とまちがいそうな、大きな吐息。

 肌をびりびりと震わせる圧迫感。


「こんなの知らないのだわ……」


 スズがぽつりとつぶやいた。

 桃香ちゃんの肩から飛び降りたスズは、フラフラと水晶へ近づいていく。


「スズは少し、知っていたのだわ。センパイといっしょにいたのはスズなのだもの。場所や方法は知らなかったけど……封印したものはいくつか知ってるのだわ。でも、どれもこんなに大きくなかったのだわ。それにもっとたくさん封印されたものはいたのだわ」

蠱毒こどく……というやつかしら」

「こ、こどく?」


 藍里さんが、こくりとうなずく。


「呪術の一種らしいわ。ヘビやムカデなんかを一つの容器に閉じこめて、共食いさせるの」

「うぇ」

「その中で勝ち残った最後の一匹を神霊として、呪いに使ったりするんだけど……」

「じゃあ、幽霊たちも、共食いして、こんなに大きく……?」

「そんなこと、わざわざやる奴いるのかよ!」

「先代もそうするつもりはなかったんじゃないかしら。ただ一カ所に封印しただけ。それが結果的に一つの大きな悪霊を作り出してしまったのかもしれないわ」

「そんな……」


 ぼくらは顔を見合わせた。

 これはまずい。

 これは、この場所ごと、まるっと封印しておくべきだ。

 下手に手を出したら、どうなるか!


「戻ろう。茜くんにも相談しなきゃ。それから――」

「ダメなのだわ」

「スズ?」


 強い声だった。

 水晶の前に仁王立ちしたスズが、ぼくたちをまっすぐにらんでいる。


「スズ! 危ないよ!」

「せっかくここまでがんばったのに……もうすぐ封印が解けるのに……戻って封印し直したら、意味がないのだわ」

「スズ……?」


 何を言っているんだ?

 封印し直したら、意味がない?

 ここまでがんばったって?

 ――スズは、封印を解こうとしていたのか?

 じゃあ、封印が解けるようにウワサを流したのもスズが……?


「おい、スズ! 戻ってこい!」

「スズ……! お願いだから! こっちにおいで!」


 琥珀くんと桃香ちゃんの呼びかけにも、スズは首を振った。

 桃香ちゃんが泣きそうになっている。


「これを解けば、きっとセンパイが来てくれるのだわ」

「バカ! 先輩はもう卒業してんだよ!」

「でも! 学校を放っておけるセンパイじゃないのだわ! だから来てくれるに決まってるのだわ!」


 スズの声も、泣きそうだった。

 小さな子供が、駄々をこねているみたいに。


「みんなにはどうにもできなくても、センパイなら大丈夫なのだわ!」

「そんな……」


 ぼくは、ふいに思う。

 スズは、さびしかったんだろうか。

 大好きな先輩が卒業してしまって、それがたまらなくイヤだったんだろうか。

 だから、こんなことを……?

 問題を起こせば、また先輩が戻ってきてくれると思って……?

 そんなことをしてでも、また、会いたくて……?


「スズ。落ち着いて。あなたの言ってることはめちゃくちゃよ。そんなこと先輩だって望んでない」

「そんなのわからないのだわ!」


 癇癪かんしゃくを起こしたスズが、バン!

 水晶に手を叩きつけた。


 そのとたん。

 ピシリ……とイヤな音が聞こえた。

 ぼくらは息をのむ。

 やばい。

 水晶に、ヒビが……!


「ひ……っ!?」


 スズも、まさか割るつもりはなかったんだろう。

 思い切り驚いた顔をして固まっている。

 水晶が、割れる!


 すごい音だった。

 まるで雷が落ちて、地震が起きたみたい。

 だけど水晶のカケラは落ちてくることなく消えていく。

 パラパラと輝いて、なくなっていく。


 消えた水晶の中から姿を見せたヘビは、ゆっくりと目を開けた。

 赤い、赤い目。

 それらが六つ。

 じっとぼくたちを見つめている。

 その目が……ニタリと笑った。


『ああ……ようやく出ることができたぞ』

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