第13話

 それから二週間くらいは平和だった。

 平和といっても、相変わらず幽霊はたくさんいる。

 ぼくはメガネが手放せない。

 プールの授業ではメガネができなくて、水面にたくさん見つけちゃって……うっかり悲鳴を上げたよね。


 あと、たまに藍里さんが幽霊を踏んづけているのを目撃する。

 藍里さんも感触はあるだろうに、無表情で踏みつけていくからシュールだ。

 藍里さんはもうその感触にも慣れちゃったのかな……聞いてみたいような、聞くのは怖いような。


 そんな幽霊のバーゲンセール状態だから、おそうじクラブに依頼も入ってくる。

 開かずのロッカーとか、走り回る人体模型とか、机が入れ替わりまくるとか、いろいろ。

 今までよりけっこうなハイペースらしくて、茜くんも申し訳なさそうな顔をしていた。

 茜くんは毎日封印マークの見守りもしているみたい。

 生徒会の仕事もあって、毎日忙しそうだ。後から知ったけど、クラスの委員長もやってるらしい。さすがだけど、大変そう。

 それでも「おそうじクラブに来ればリラックスできるから大丈夫だよ」なんて笑って言ってたけど。

 ただ、放課後、どこかへ出かけるのか早々にいなくなることも増えた。

 一体どこで何をしているんだろう。



「このままでいいのかなあ……」


 まだ誰もいないおそうじクラブ。

 ぼくは部屋を片づけながらため息をついた。

 桃香ちゃんと藍里さんは、今日は女の子たちで遊びに行くらしい。

 琥珀くんはサッカーの練習中。

 茜くんは相変わらず生徒会の仕事中だし、終わったら予定があるんだとか。

 ガランとした部屋は、いつもとちがって何だかものさびしい。


「辛気くさい顔をしてるのだわ」


 ひょい、とスズがのぞき込んできた。

 びっくりした。

 そうだ。みんなはいないけど、この部屋にはいつもスズがいるんだ。

 そういえば、スズと二人きりなんてはじめてだな。


「スズは、いつもここにいるの?」

「そうなのだわ。ここはスズの部屋みたいなものなのだわ。だからみんなはスズに部屋を借りてるのだわ。感謝するといいのだわ」


 フフンとスズが胸を張る。

 えらそうな言い方なのに、姿がかわいらしい人形だからかな。

 にくめないっていうか。

 つい笑っちゃう。


「それより、辛気くさい顔をしてたのだわ」

「ああ……。スズも知ってるだろ、封印マークの件。茜くんが一応見守りはしてくれてるけど……このままじゃ、近いうちに封印が解けちゃうんじゃないかって……なんか不安で」


 茜くんの見守りが効果がないとは言わない。

 でも茜くんだって二十四時間ずっと見ていられるわけじゃないし。

 そもそも、茜くんは幽霊を見ることはできないし。

 かといってぼくだって、やっぱりずっと監視していることなんてできない。

 それに誰が、どうしてウワサを流したのかもわからない。

 封印を解こうとしたのかな?

 どうして?

 何が封印されているのかもわからないけど……封印が解けたら、みんなが困る可能性が高いのに。

 それにそのウワサを流した人は、あれが封印だって、どうして知ってるんだ?

 とってもモヤモヤする。


 モヤモヤを晴らしたくて、棚の中の整理を始める。

 書類はまとめてファイルに入れて……ノートはサイズを合わせて……。

 あ。

 引き出しの中に、まだ新しいノート。

 これは……茜くんが言ってた日誌かな。

 そういえば最近は活動が多いから、ノートが二冊目になったって聞いた気がする。


「それを書いてるアカネは楽しそうなのだわ」

「え?」

「いつも忙しそうだけど、日誌を書くのはサボらないのだわ」


 スズが肩をすくめる。

 茜くん、マメそうだからな。おそうじクラブを本当に大切に思ってくれてるみたいだし。


「ねえ、ワカバ。さっきの話だけど」

「え? 何?」

「封印の話なのだわ。そんなに気になるなら、センパイを呼べばいいのだわ」

「え……?」

「だってそれは、センパイが作った封印なのだわ。だったらセンパイに封印し直してもらえばいいのだわ」


 それは。

 ……一理ある、のかな?


 改めてしっかり封印し直してもらえれば、ぼくらもきっと安心できる。

 でも、もう卒業した先輩を頼っていいのかな。

 そもそもぼくは先代の連絡先を知らないし。

 ああでも、引継を受けたっていう茜くんなら知ってる可能性が高いかも。


「センパイならきっと楽勝なのだわ」

「すごい人だったんだね」

「ええ。悪い幽霊はバッタバッタ倒していたのだわ。それこそ封印なんてあっという間だった。強くて、カッコ良くて。頼もしかったのだわ。それにスズみたいな迷子のことはこうやって助けてくれた。ペット枠だなんて言ってからかってくるのはいただけないけど……それでもスズは感謝しているのだわ」


 ほう、とスズが息をつく。

 思い出にひたるスズは、幸せそうだ。

 そんなすごい人がいるなんて……。


「だから、今はちょっと頼りないのだわ」

「うっ。ぼ、ぼくは頼りないかもしれないけど……みんなは、そんなことないよ。茜くんも、琥珀くんも、藍里さんも、桃香ちゃんも……みんな、みんな十分すごいよ」

「スズから言わせれば、かたよりすぎなのだわ」


 スズのため息。

 うう。人形にダメ出しされるなんて。


「コハクは考えが足りないのだわ。アイリは柔軟性がないのだわ。モモカは気が弱すぎるし……アカネは幽霊を食べるだなんて、解決方法が暴力的すぎるのだわ」

「でも、いいところだっていっぱい……」

「ワカバは陰気くさいのだわ」


 ぐっ……つ、つらい。

 自覚しているだけに、心に刺さる!


 たしかにぼくは陰気くさいかもしれない。

 転入してくる前から、ずっとウジウジしていたかもしれない。

 でも、最近は少しずつ良くなってる気がしてるんだよ!

 それも、おそうじクラブのみんなに会えたからだ。

 だから……うう、でも、まだそう見えるのかな……。

 こうやってウジウジ落ち込んじゃうから、陰気くさいって言われちゃうんだよな……。


「スズから言わせれば、今のみんなは危なっかしくて見てられないのだわ」

「そっか……」

「だからセンパイを呼べばいいのだわ。そうすれば解決なのだわ! 封印をきちんとして、幽霊も集まらなくなれば、おそうじクラブも活動しなくて良くなるのだわ。そうすれば危なくないから、全部解決なのだわ!」

「……え……?」


 意気込むスズに、ぼくはぽかんとしてしまった。

 ――おそうじクラブが、活動しなくなる?

 それは……クラブが解散する、ってこと?


「活動しなくなるって、何で……」

「? 幽霊がいなくなれば、退治する必要がなくなるのだわ?」


 ……たしかに。

 おそうじクラブの目的は、学校にはびこる悪霊をそうじすること。

 茜くんがそう言っていたじゃないか。

 だから……悪霊がいなくなれば、そうじすることもなくなるわけで……。

 そうなれば、おそうじクラブは、いらなくなるわけで……。


『霊感なんていうものがあって、人とちがう感じ方をしながら生きていて……オレらはやはり、少しだけ、人とちがうかもしれない。だけど、ひとりじゃない。おそうじクラブは、オレにとってそういう場所だよ。――絶対に、守りたい居場所だ』


 ――何でだろう。

 茜くんの言葉を、思い出す。

 茜くんが、守りたがっていた居場所。

 ぼくらのクラブ。


「……まさか……」

「ワカバ? 顔色が悪いのだわ」

「……何でもないよ」


 きっとただの考えすぎだ。

 おそうじクラブがなくならないように、おそうじクラブが必要とされるために、封印を解いて悪霊を集めているんじゃ……なんて。

 そんなの、絶対に、ありえない。

 ありえるはず、ないじゃないか。

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