第12話

 桃香ちゃんと合流したぼくは、さっそく人面犬探しをはじめた。

 といっても、闇雲に探してもわからない。

 ぼくもあの日以来、見てないし……。


「どうやって探そう?」

「あのね、わたし、本を借りてきたの」


 桃香ちゃんがカバンの中から一冊の本を取り出す。

 あ、おそうじクラブのコーナーで見たやつだ。

 『カエルでもわかる愉快な怪異』。


「わかばくんを待ってる間、読んでたの。人面犬についても載ってるよ」

「なるほど……!」


 相手の習性とか動き方がわかれば、探しやすいかも。

 さすが桃香ちゃん!


「何て書いてた?」

「うん……足がとっても速くてね、追い抜かれた車は事故を起こすとか……ゴミを漁ってるとか。顔は中年男性っぽくて、人面犬に噛まれるとその人も人面犬になっちゃうとか」

「人面犬になっちゃうのはイヤだなぁ……」


 でも、顔はたしかに中年男性ってやつっぽかったかも。

 たしか、どこにでもいそうなおじさんだった。


「ゴミかぁ……焼却炉とか、あったっけ」

「あるけど、今は使われてないよ。それよりゴミ捨て場はどうかなって、わたしは思って……どう、かな」

「あ、いいね!」


 うんうん。

 桃香ちゃんはひかえめだけど、頼もしい。

 情けないけど、ぼく一人じゃ手詰まりだった気がする。

 茜くん、ナイス采配だ。


 そんなわけでぼくたちはゴミ捨て場にやって来た。

 でも、パッと見たところ、誰もいなさそう。

 ぼくはメガネを、桃香ちゃんはヘッドフォンを外して気配を探してみる。

 ……うーん。

 残念。何も見えない。そう上手くはいかないか。


「単純すぎたかも……ごめんね、わかばくん」

「も、桃香ちゃんのせいじゃないよ! 大丈夫!」


 しゅんと肩を落としてうつむいちゃう桃香ちゃん。

 ぼくよりぜんぜんがんばってるのに。

 そ、そうだ。


「いないなら、おびき寄せよう!」

「え……?」



 ぼくたちは準備をするため、一旦家に帰った。


 そして翌日。

 朝早くから、ぼくと桃香ちゃんはまたゴミ捨て場に集まった。

 ふああ。眠い。

 でも、これで準備はバッチリだ。


「わかばくん、紙皿持ってきたよ」

「ありがとう。ぼくも、えっと……こっちがキャベツで、こっちがサツマイモ」


 桃香ちゃんが地面に置いてくれた紙皿に、ぼくも持ってきた野菜を乗せていく。

 キャベツもサツマイモも一応茹でてある。

 ぼくらが何をしてるのかと言えば、罠作り……だった。

 キャベツやサツマイモは、犬の好物らしいんだ。

 お肉とかも好きだろうけど……人面犬だから、人間でもそのまま食べられるものにした。


「来てくれるかな」

「少し離れて様子を見よう」


 学校が始まるまで、まだ二十分くらいある。

 とりあえず、ぼくらは学校の陰に隠れて様子を見ることにした。


「琥珀くんたちの方はどうなってるかなぁ」

「きっと大丈夫だよ。二人ともすごいもん」

「そうだね……」


 桃香ちゃんの優しい声が、耳をくすぐっていく。

 風も涼しくて、なんだか、気持ち良くなってきた。

 思わず目を閉じる。

 頭がふわふわする……。

 あ、遠くでニャアニャア声が聞こえるような……。

 猫が近くにいるのかな……?


「これはオイラのだ」


 ん!?


「わかばくん!」

「え!? あ、ハイ!」


 ウトウトと気持ち良くなっていたのに。

 唐突におじさんの声がしてビックリした。

 その後、桃香ちゃんの大きな声でまたビックリ飛び跳ねる。

 ああ、寝るところだった!


「どうしたの!?」

「あれ……!」


 桃香ちゃんがゴミ捨て場を指差した。

 そこには、三匹の猫。

 それから、一匹の犬。

 犬が猫に向かってほえている。

 だけどそれは、「ワンワン」とかじゃなくって。


「これはオイラのだぞ! あっち行け!」


 おじさんの怒鳴り声に、とうとう猫たちが逃げ出した。

 一匹になった犬(おじさん?)は、むしゃむしゃとお皿に乗った野菜を食べ始める。


 うわあ。

 うわあ!

 本当に来た!


 ぼくと桃香ちゃんは顔を見合わせる。

 桃香ちゃんの顔も「信じられない!」と言ってるみたいだった。

 お互い興奮している。

 よし。

 チャンスだ!


「あ、あの!」


 ぼくらは急いで駆け寄った。

 ここまで来て、逃げられたら困る!


「……何だぁ? 子供か。これはオイラが食べるんだ。やらないぞ」

「い、いらないです……」

「それ、用意したのぼくたちなんです」

「何だってぇ?」


 じろり。

 人面犬がにらんでくる。

 近所のおじさんに理不尽に怒られたような気持ちだ……。

 思わず敬語になっちゃうよ。


「人面犬さんに聞きたいことがあって……」

「……ふぅん。そいつは何だぁ? 答えられることしか答えねーぞ」


 いばった感じだけど、答えてはくれるみたい。

 良かった!


「このマーク! こないだ、舐めてましたよね!」

「ふん?」


 図書室の本を広げて封印のマークを見せると、人面犬は器用に片眉を上げた。


「ああ、校内の……。そんなこともあったな」

「これが何か、知ってるんですか?」

「知らねーな。ご利益があるってウワサだが」

「ご利益?」

「おうよ。こいつを消せた奴はすげーことが起きるってウワサよ。パワーアップできるとか、腹いっぱいになれるとか。だから舐めて消そうとしてみたことはあったな。だけどまずくていけねえ。結局何回かチャレンジしてやめちまったよ」

「そのウワサは、どこから……?」

「さてな。いつの間にかオイラたちのような奴に広がってたから、くわしくはわかんねぇ」


 ……ぼくは琥珀くんじゃないから、人面犬がホントのことを言ってるのか、はっきりはわからない。

 でも、何となくウソじゃないかも……って思えた。

 実際に人面犬を見たのは、あの日以外は今日がはじめてだったし。

 あんまりあのマークを気にしてる感じがしない。

 でも、何でそんなウワサが?

 そんなことをして、誰が得するんだろう?


「もういいかぁ?」

「あ、ありがとうございました……!」


 桃香ちゃんがあわてて頭を下げる。

 その横で、ぼくはぼんやりと考え込んでしまっていた。



「若葉ー! いろいろ見つけたぜ! きっとこれで全部だ!」

「うわ!」


 情報共有のためにおそうじクラブに行ったら、琥珀くんが飛びついてきた。

 あ、危ない。びっくりした。

 琥珀くんの後ろでは、藍里さんが大きい紙を広げている。

 校内図かな?


「もう見つけたの? こはくくん、やっぱりすごいね」

「へへ。若葉が最初に封印マークのとこに案内してくれたろ。そのとき、においがちょっと変わっててな。だからそのにおいを辿って校内中を駆け回ったってわけ」


 うわあ。まるで警察犬みたいだ。

 自慢げな琥珀くんに、本当にシッポが見える気がしてくるよ。


「マークがあったのは、最初のを含めて六ヶ所よ」


 キュッ。

 藍里さんが地図に赤色の丸をつけていく。


「ただ……どれもやっぱり薄くなっていたのよね」

「わたしたちも人面犬を見つけたよ」

「マジか! すげーじゃん桃香っ」

「わわっ」


 くしゃくしゃと頭をなでられて、桃香ちゃんの頭がぐらぐら揺れる。

 桃香ちゃんは恥ずかしそうにはにかんだ。


「すごいのはわたしじゃないよ。わかばくんが野菜とか用意してくれて……」

「いやいや! 桃香ちゃんが本でいろいろ調べてくれたから! ぼくなんてそれに乗っかっただけだし!」

「よしよし! 二人ともすごい!」


 琥珀くんのテンションが高い。

 すごい、なんて言われることあんまりないから恥ずかしいな。


「それで? 何かわかった?」


 藍里さんが切り込んできた。クールだ。

 ぼくらもあわてて背筋を伸ばす。

 説明してくれたのは桃香ちゃんだ。


「あのね、封印マークを消すとご利益があるってウワサされてるみたい。それで人面犬も消そうとしてみたんだって。すぐ飽きちゃったみたいだけど……」

「ご利益……? それほしさに幽霊も集まってるのかしら。スズは何か知ってる?」


 藍里さんが首をかしげる。

 地図の上にゴロゴロしていたスズは、ぴたりと動きを止めた。

 コロン。

 肘をついて少しだけ顔を上げる。


「知らないのだわ。スズはここからほとんど出ないから、おそうじクラブが何をしていたのか、よく知らないのだわ……。でも」


 スズはちょこんと座り直した。

 右手を胸に当てる。

 エヘン。


「センパイは優秀だったのだわ。だからセンパイが封印したのなら、ちょっとやそっとじゃきっと問題ないのだわ」


 そう、と藍里さんがつぶやく。

 ほほえましく思ったのか、桃香ちゃんがスズの頭をなでる。

  ……でも、実際に封印は薄れてるし、幽霊もたくさんいるんだよなぁ……。

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