第11話

 みんながバタバタと部屋を出ていく。

 ぼくもそれにならおうとして……


「天内くん」


 茜くんに呼び止められて、振り返った。

 何だろう?

 にこっとほほえまれて……ぼくに話がある感じ?


「じゃあわたし、先に行ってるね」

「あ……うん。すぐ行くよ」

「うんっ」


 気を利かせてくれた桃香ちゃんが、急いで出て行く。

 悪いね、と茜くんも苦笑した。

 とたんに机の上に寝転がっていたスズが立ち上がった。

 胸を張る。

 エヘンと仁王立ちだ。


「言っとくけど、スズはここにいるのだわっ」

「はは。スズはここから出たら悪目立ちするからな。なに。そんな深い話じゃないよ」

「ぼくに関係ある話……?」

「というか、天内くんの気持ちを聞きたくてね」

「――ぼくの気持ち?」


 うん、と茜くんはほほえんだ。

 夕焼けをバックに、彼は優しく言う。


「おそうじクラブには、慣れたかい?」

「……あ……えっと」

「強引に誘ってしまった自覚はあるからね。気になっていたんだ」


 ぼくは言葉が出なくて押し黙る。

 なんていうか。

 素直に答えるのは、少し、恥ずかしい。

 でも茜くんには、ぼくの下手なウソなんて簡単に見抜かれちゃいそうだ。


 思い返す。

 ――最初は、この学校に転入してきて……散々だと思った。

 幽霊は多いし。クラスのみんなには馴染めないし。

 もうイヤだ……って、思ってた。

 でも……。


 ぼくに優しくしてくれる、気が弱くてもがんばりやの桃香ちゃん。

 気さくに接して引っ張ってくれる、明るく元気な琥珀くん。

 さりげにフォローしてくれる、クールでカッコイイ藍里さん。

 ぼくにはほど遠いところにいそうなのに、今もこうして気にかけてくれている茜くん。

 それから……いつもここにいて迎えてくれる、感情豊かなスズも、かな。


 みんな、ぼくとはちがうタイプで。

 今までなら、きっと、ぼくなんかが関わることはなかった人たちで。

 だけど。

 仲間……なんだって、今は、思うから。


「おそうじクラブに入れて……良かったって、思ってるよ」


 改めて声に出すと、やっぱり恥ずかしい。

 こら、スズ、ニヤニヤするな。

 茜くんも。

 保護者みたいな顔でうなずかないでよ。

 一応ぼくら、同い年だろ。


「それを聞いて安心したよ」

「……わかってて聞いたでしょ?」

「まさか。オレはエスパーじゃないからね」


 ふふ、と笑う茜くん。笑顔がいつもよりやわらかい。

 これは女子が夢中になるのもわかるかも。


「オレもね」


 茜くんはポツリとつぶやいた。

 窓の外を見る茜くんの横顔は、夕焼けに照らされて……溶けて消えちゃいそうだ。

 なんて。

 そんなはず、ないんだけど。


「御曹司なんて周りから言われて、まあそれを否定するような家柄でもないんだが……やっぱり、周りから浮いているような気がしてね」

「それは……浮いてるっていうか、カリスマってやつじゃないかな」

「はは。ありがとう」


 茜くんはくすっと笑った。大人びた笑顔。

 さらっと流されちゃったな。

 本心なのに……。


「だからね、オレにとってもおそうじクラブは特別なんだよ」

「……そっか」

「ああ。ここでなら、ここのみんなとなら、オレは気を張らずにオレでいられる。みんなには感謝してるんだ」


 たしかに。

 クラスの子たちは遠巻きに見ている子たちが多いけど、おそうじクラブのメンバーは、茜くんとも気安い感じだ。

 やっぱり仲間、だからなのかな。

 ぼくも仲間になるまでは、クラスの子たちと同じ場所にしかいられなかったんだろうな。

 それは……きっと、さびしい。かも。


「霊感なんていうものがあって、人とちがう感じ方をしながら生きていて……オレらはやはり、少しだけ、人とちがうかもしれない。だけど、ひとりじゃない。おそうじクラブは、オレにとってそういう場所だよ。――絶対に、守りたい居場所だ」


 そう言う茜くんは、とっても力強かった。

 いつでも優雅な気品をかもしている茜くんには、珍しいくらい。


「天内くんにも、そう思ってもらえるようになるといいな」

「うん……」


 うなずくと、茜くんはホッと息をついた。


「引き止めて悪かったね。人面犬の調査について、よろしく頼むよ」

「そういえば、茜くんはどうするの?」

「オレかい? そうだね……」


 夕焼けを背中に、茜くんはつぶやいた。

 逆光で表情が見えなくなる。

 でも……その声は、とても真剣だった。


「オレは、オレにできることをするまでだよ」

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