第10話

「若葉くん、今日もおそうじクラブなの?」

「う、うん」


 朝、いきなりクラスの女子にからまれた。

 目がキラキラと輝いてる。

 う、こんなキラキラした目を向けられたこと、今まで一度もないぞ。

 まぶしくて落ち着かない……。


「あのね、これ差し入れ!」

「差し入れ?」

「茜様に持っていってほしいの!」

「ずるい! あたしも!」

「琥珀くんにも応援してるって伝えて!」

「わたしもわたしも。来週のサッカーの試合、見に行くから!」


 きゃあきゃあと女の子たちが騒ぎ出す。ぼくの机の上には、あっという間にお菓子が山積みだ。これじゃぼくが食いしん坊みたいだ。

 女子の声につられて男子まで寄ってきた。


「ゆきのんもいるんだろ? 今度野球の試合があるんだよ。応援に来てくれないかな! 聞いてみてくれよ!」

「そ、そんなの、自分で言いなよ」

「ばかやろう! ゆきのんに気安く声なんて掛けられるわけないだろ!」

「なあなあ、桃香ちゃんの写真とか持ってねーの?」

「癒されるよな~うらやましい~」


 ……若干、妬みの視線が混じってるのが怖い……。

 ふう。

 図書室の件以来、こうやって話しかけられることが増えてきた。

 おそうじクラブが事件を解決したぞ! っていうニュースが学校中に広がっていて。

 ぼくもそのメンバーだって、バレたみたいなんだ。

 あのおそうじクラブのメンバーなんて! っていう驚きがみんなにはあったみたい。

 そりゃそうだよね。

 茜くんを筆頭に、目立つメンバーばかりだもん。

 それがみんなの好奇心を刺激して、ぼくもいろいろ聞かれたりして……。

 こうやって囲まれたりして……。

 この学校に来たばかりの頃じゃ、考えられなかった光景だよ。

 うう。なんだか慣れない。

 こうなったら。


「ちょ、ちょっとトイレ!」


 ぼくは慌てて逃げ出した。

 ……情けないって、自分でもわかってるよ!



 クラスのみんなにわいわい話しかけられるのを何とか済ませて、放課後。

 ぼくは早速おそうじクラブの部屋でみんなに昨日の本を見せた。


「先代おそうじクラブが、幽霊を封印していた?」

「う、うん」


 琥珀くんは不思議そうに覗き込んでいる。

 その隣で考え込んでいるのは、藍里さん。

 桃香ちゃんは、ぼくのただならぬ様子にハラハラした顔をしている。

 茜くんだけは、どこか余裕そうだった。

 紅茶を飲んでいる姿が似合ってて、どこかの王子さまみたいだ。


「それくらい、センパイなら余裕でしてたのだわ」


 琥珀くんの頭の上で、エッヘンと胸を張っているのは人形のスズだった。

 そういえば、彼女は先代のおそうじクラブが魂を移したとか何とか……。

 スズなら先代のこともよく知ってるんだろうな。


「センパイはそれはすごかったのだわ。あなたたちよりたっくさんの幽霊を封印していたのだわ!」

「そうだね。オレもそう聞いているよ」


 茜くんがほほえむ。

 茜くんは紅茶のカップを静かに置いた。


「日誌もあるからね。そこに前年の記録は残っているし、相当がんばってくれていたみたいだよ」


 なるほど。……でもぼくが気になっているのは、封印していたことそのものじゃない。


「ぼく、こないだ学校の廊下で封印の記号を見かけたんだよ」

「いろんな方法で封印していただろうからね。それで?」

「それが……その記号が、薄れてたんだ」

「……何だって?」


 ピクリと茜くんの眉が動いた。

 あの、いつでも冷静でほほえんでいる茜くんが。

 それだけでぼくは緊張してしまう。

 でも、ビビってる場合じゃない。もしかしたら、大きな問題かもしれないんだ。


「人面犬がいて、その記号を舐めてたんだよ。それだけが直接の原因じゃないかもしれない。でも、その舐められてたやつは薄くなってた。……最近、やたらと幽霊が多いって言ってたよね。ぼくが見ても、そう思う」


 転校してきた初日から、ずっと思ってた。

 あっちを見ても、こっちを見ても、幽霊。

 まあ、害あるやつばっかりじゃないのは助かったけど。

 それでも時々、いきなり出てくる幽霊にはぎょっとしちゃう。


「もしかして、先代のおそうじクラブがしていた封印が解かれかけてるんじゃないかな」


 しん、と部屋が静まった。

 茜くんが、少しうつむく。

 スズが、口をぽかんと開けている。

 桃香ちゃんがヘッドフォンを落として、その音が妙に響いた。

 ハッとした様子で立ち上がったのは、琥珀くんだ。


「マジかよ!」

「い、いや、まだぼくの憶測ってやつだけど……」

「やべーじゃんそれ!」

「封印が弱まっていて、だから周りの霊も寄ってきている? ……ありえなくはないわね」

「そんな……せっかく封印してくれたのに、そんなの大変だよ……っ」

「落ち着け」


 ピシャリと茜くんが言い放った。

 騒ぎはじめていたみんなも、とっさに黙る。

 黙ったぼくらを見て――茜くんは、いつものように笑った。


「天内くん、ありがとう。もちろんまだ不確定なことだが、危険な可能性はいつだって頭に入れておくべきだ。オレらはおそうじクラブとしてできることに移ろう。まずは何より確認が優先だな。学校にある封印がそれだけとは限らないから、しらみつぶしに探しておこう。それから人面犬も探すこと。何か話が聞けるかもしれない。人面犬なら幽霊とちがってオレたちにも見えるかもしれないが……それでも一度は見ている天内くんが中心になって探した方が良いだろうね。桜田さんはそのサポートに。風早くんと雪野さんは封印のマークを優先的に探してくれ。スズはオレたちが集めた情報を整理してくれると助かるよ」


 てきぱきと指示をした茜くんは、堂々としていた。

 ……こ、これがリーダーの貫禄ってやつか。

 ぼくたちは顔を見合わせる。

 うん。

 気持ちはいっしょだ。

 だから。

 みんな真剣な顔つきで、茜くんにうなずいた。

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