第7話


「ところでさ、ライラはどうしてそんな婆くさい服着てるわけ?」


 シンの言葉に、やっとライラは重要なことに気が付いた。


「どうして私だって分かったの?」


 ライラは、髪だけでなくベールで鼻と口も隠している。誰だかは分からないはずだ。


「そんなの愛だよ愛。俺が愛するライラを見分けられないわけないだろ?」


 シンがにやにやと笑っている。相変わらず、調子の良い奴だ。


「いや、そういうのいいから。本当にどうして?」

「信じてくれないの? 俺、ライラに会えない寂しさで飯も喉を通らなかったんだぜ」

「その割には、立派に成長されているように見受けられますが?」


 ライラが皮肉を込めて睨むと、シンはニタァと口を広げた。気味の悪い笑みだ。


「まあね、俺のここも立派に成長して――いでっ」


 ライラは問答無用でシンの頭を叩いた。


「ひ、卑猥なところを触るな!」


 幼少時から下品なことを言っては、ライラをからかってきたけれど、大人になっても全く変わっていない。それどころか大人になった分、余計にいやらしい。


「お前さぁ、久しぶりに再会した幼馴染みに対して辛辣すぎない? まぁネタばらしすれば鞄だよ。それ、ライラのばあちゃんの鞄だろ? いつも使ってたから覚えてる」


 シンが頭をさすりながら、拗ねたように口をとがらせている。しかし、ターバン越しに叩いているので、そこまで痛いわけがないのに大袈裟だ。そんな風に思ったところで、ライラはざあっと血の気がひいた。あまりに親しく接してくるから忘れていたが、シンはいまや貴族なのだ。それなのに、砕けた口調で話し、全力ではないにしろ殴ってしまった。


「も、もうしわけ……ありませんでした。あの、痛かったですよね?」


 ライラは慌てて姿勢を正した。


「あー、そういう態度は傷つくなぁ。俺とライラの仲だろ。もっとこう、親しく、さらに親密に、最終的には褥を共に淫らにまぐ……あ、ごめんなさい。調子に乗りすぎました」


 ライラの汚物を見るような視線に気付いたのか、シンの調子付いた言葉が止まった。


「まったく、何の仲ですか。私とシン……様は、ただの幼馴染みでしょう」

「ただの、幼馴染……そっか、まぁそうだな。幼馴染みなんだから様とか付けず、俺を幼馴染みとして扱えよ。変に距離を取られるのは嫌だ」


 シンから笑顔が消え、しょんぼりと肩を落とした。


 ライラはため息をつく。シンに会ってしまったこと。シンが昔の通り、ライラをからかってくること。そのことが嬉しいけれど、腹立たしい。だって、シンは騒ぐだけ騒いで、すぐにどこかに行ってしまうから。

 昔から、面白いことを探しては、ライラを置いていくのだ。置いて行かれたライラはいつも寂しかった。だから、シンに遊びに誘われても無視をした時期がある。そしたら何故か物凄く怒ってきて、あの時は怖くて泣いたものだ。

 つまり何が言いたいかというと、シンはとてつもなく面倒な奴ということだ。


「そんで、結局ライラのその格好何? 暑苦しいしさ、顔見て話したいから布取れよ」


 シンが手を伸ばしてきた。


「だ、だめ」


 ライラは、慌ててシンの手をつかむ。


「どうして?」


 布を取ると、頬の殴られた痕が見えてしまうからだ。驚かれるだけならいいが、鈍くさいと大笑いされるかもしれない。そんなのは嫌だった。だからライラは必死で誤魔化す。


「そ、それは……私はもう十六歳だし、大人の女性として伝統を守ろうという思想のもと、最近はいつもこの格好をしているの」

「嘘だね。そもそも成人は十八歳だし。いくらライラが着飾ることに無関心でも、ここまで婆くさい格好は無い。てことは何か理由があるんだろ? ほら、観念して布取れよ」


 シンがライラの手を逃れて、再び布に手を伸ばしてきた。ライラは必死に身をよじってそれをかわす。すると、逃がさないとばかりに、シンが上から覆い被さってきた。

 押し倒されたような格好に、ライラは目を見開く。


「この俺が、簡単に諦めるとでも?」


 シンがにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「いや、そこは諦めてよ!」


 ライラは必死に頭を押さえて、布をはがされないように防御する。


「へへ、隙あり!」


 すると、シンがライラの脇をくすぐり始めた。


「ひゃひゃっ、ちょ、やめ、やめてっ」


 両手で頭を押さえていたライラの脇はがら空きで、容赦なくシンが擽ってくる。


「やめなーい。相変わらず脇弱いんだな。やめて欲しかったら、自分の手で止めたら?」

「うひっ、ひゃひゃ、だ、だめ。そ、そしたら、頭の布取るんでしょ?」

「もっちろん」


 シンの楽しそうな声がムカつく。本当にムカつく。何より、こんな簡単にシンに翻弄されてる自分が一番ムカつく。

 ライラはくすぐったさに喘ぎながら、涙目でシンを睨む。


「ひゃぁ、も、やぁ、くるしぃ、やっ、そこ、だめ……んん」


 ライラがくすぐり攻撃に耐えていると「やべぇ」という呟きと共に、突如シンの動きが止まった。何が「やべぇ」のかは謎だが、とにかくこの隙に距離を取ろうとする。しかし、シンに服の裾を踏まれていて、ずるりと地面にライラは転がってしまった。


「なぁ、ライラが変な声出すから、俺、我慢出来なくなりそう」

「は? 何のこと? ていうか、足あげてよ。裾踏んでるから!」

「もー無理。我慢できない」


 シンがぼそぼそと不穏なことを言うと、再び動き出した。そして、あろうことかお腹の辺りの服をまさぐってきたのだ。


「ちょ、どこに手を入れようとしてんのよ。信じられない。こら、触るな。この変態!」


 ライラがシンを押しのけようと、両手を出したときだった。髪の毛が風に吹かれる感触と共に、目の前に黒い布が舞った。


「へへ、取ったりぃ――って、お前、その頬どうしたんだよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る