第7話 覆いかぶせられた己③










  



 

 “偽物が、本物になったならば…………”




 


 悲しみに暮れる私の脳内に、ふと、ある考えが過った。

 

 姿形を塗り替えられ、外見がリリア様になったように。

 中身も、身も心も全て、本当のリリア様になれたのならば。

 目下の問題が解決するのはもちろん、辛い人生が好転するのではないだろうか。


 嫌悪感しかない相手に抱かれ、交合の問題点を観察されるという、屈辱的な“任務”からも逃れられる。

 “ただ在るだけで魅了されると評判な美女”ならば、周囲からの目も好意的になるだろう。

 なにより。

 リリア様になれば、彼から想って貰える。

 

 私を見て、瞳に優しい光を灯し幸せそうに頬を緩ませる。

 そんな彼を目にすることができるのだ。

 


「……ふ、ふっ」


 ああ、駄目だ。

 ひどく受け入れ難い現実任務が待っているせいなのか、それとも、薬のせいか。

 理由はわからないが、思考回路がおかしい。

 

 すでに消し去った過去の夢、それが勝手に浮かんでくる。

 綺麗に消したのに。

 冷徹無情の夫など、見限ったのに。


 私を愛して見て欲しい。

 

 そんな想いが、なぜ、溢れ出てきたのだろう。

 まさか。

 消せたと思っていただけで、心の奥底では、希望や想いを諦めきれていなかったというの?



 あり得ない戯言。

 愚直すぎる考え。

 けれど。

 私は見たくなってしまったのだ。

 幸せな夢を。


 束の間の現実逃避として、非現実的なもの幸せな夢を見たくなったのだ。

 過去、何度も何度も、思い描いていた“幸せ”な夢を。


 

『愛している』

 

 好いた人から想われる。

 優しい眼差しを向けてもらえる。



『麗しさをお持ちの素敵な女性だ』

『いつも頑張っていらっしゃるものね』

『我々の見本となる、素晴らしい人だ』

 

 周囲から、好意的な対応を受ける。


 

『――――』

 

 私の存在を求める人がいて、私を想ってくれる人がいて、己の居場所が存在する。


 

 今と比べ物にならないくらい、幸せな世界。

 それを想うと、例え想像でも心が救われていく。

 

 それは、“私”では叶わないが、私でない人間になれば叶うこと。

 死ぬ事ができないならば、誰かや何かに成り代わるしか道はない。

 

 “私”でなくなれば、私は幸せになれる。


 それができるのならば。

 私は、――――になりたい。

 

 ――――になれば、幸せになれる。

 そうなる事が、私の中では“みえている”のだ。


 

 ――――になりたい。

 ――――になれたならば……………………………………。



 有り得もしない世界。

 それを想像しながら、私は静かに目を閉じた。

 同時、透明な雫が閉じた瞳から溢れ出る。

 眼下から頬、そして口元へ。透明なそれは、ゆっくりと流れ落ちていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る