第7話 覆いかぶせられた己②


※交合を示す内容が、少しだけあります※



 

 私の人生とは、一体なんなのだろう。


 貴族社会、伯爵や王太子妃という地位。

 望まぬそれらを強要され、王太子妃に相応しい人物になるべく、神経を擦り減らす日々。 

 

 求められる“完璧な王太子妃”は、自分の意思や気持ちを押し殺し、常に気を張り続けなければ成り立たない。

 ゆえに、この10年間。

 心休まる時など、私には絶無だった。



 心身が悲鳴を上げない日は無かった、10歳からの8年間。

 常に要求される、“完璧な王太子妃”の振る舞い。

 誰1人味方がいないという環境下で知った、孤独感。

 失望、周囲の敵意や悪意から芽生えた、恐怖感。

 逃れられないと知った事で感じた、失望感。

 それらに晒される毎日は、辛く苦しい日々でしかなかった。


 そのような中で訪れた、優しき人の妻になれるという希望。


 辛苦の日々から解放される。

 やっと、幸せな人生を送ることができる。


 そう歓喜したにも関わらず、それは結局ぬか喜びに終わった。

 彼の私への優しさや想いは、演技だった。

 何故か酷い嫌悪を向けられ、視線すら“私”に一度も合わせてくれない。

 それでも。

 最後の拠り所と言える彼を、簡単に諦めるわけにはいかなかった。


 強く心惹かれた彼に、私を愛してもらいたい。 

 愛し愛される、幸せな夫婦関係を築きたい。

 

 そう願い、相手を想いながら、自分にできることを最大限行った半年間。

 その努力の結果といえば、希望が絶望に変わる様を味わうこと、だった。



 多くの衝撃的な事実。

 それを受けたことから酷い絶望感を抱き、バーンアウトを起こす事態にもなったが、この生活王太子妃からは免れることができなかった。

 これが、自分の運命。

 そう受け入れざるを得なかった私は、逃れられない運命に対して奮励し続けた。

 希望が全く見出せない中、自分のやるべきことを真摯にこなしてきた。


 その結果が、今ある状況………………。

 

 


『冷徹な魔女』

『卑しい心根を持つ成り上がり者』

『横暴な女狐』

『お高く気取ったお姉様』

『同じ場所にいるの、辛い』

 

 完璧な王太子妃であろう、自分を犠牲にしてでも大切なものを守ろう。

 そう努めているだけなのに、悪評や悪印象ばかりが増えていく。

 

 王族からは、“もの”扱い。

 大切に想っていた家族からも、私は想われていない。

 父は私に王太子妃である苦艱の中にいることを求め、弟妹からは疎まれている。

 夫である彼は、私に酷い嫌悪感を向け続け、どこまでも無関心でいる。

 挙句、情すらわかない“もの”と認識されていた。


 

 なぜ、このような状況に?

 

 私の努力、それが足りないのだろうか。

 だから、何一つ報われない結果になる、と?

 

 ………………………………いいや。

 そんなことは無いはずだ。

 

 苦悶ばかりの中、逃げることはせず、私は1人、必死に血の滲む努力をしてきた。

 家族やを想い、完璧な王太子妃であるべく、長年、身を粉にしてきたのだ。

 


 子を成せないのは、私のせい?

 本当に?

 問題は、交合の在り方にあるのではないだろうか。 

 

 数分の、1年間で十指に満たない程の行為。

 そんな交わりしかしない彼に合わせ、私は“任務”の苦痛に耐えてきた身。

 それなのに。

 子を成せないなら価値がない、失望させるなと釘を刺されたのは私だけ。

 懐妊できない原因は私だと判断され、非情な任務を言い渡された。

 そうして。

 リリア様の姿で嫌悪感を抱く相手と交合するという、自尊心を損なう任務をせねばならなくなった。  




「ふ、ふ、」


 乾いた笑い。

 それが、口から独りでに漏れ出てくる。


 現状を踏まえて、私は思う。

 全てを投げ出せるならば。今こそ、それをしたい、と。

 

 しかし。

 身を投げ出せる窓も、自死するためのものも、この部屋には存在していない。

 なにより。

 薬の影響で、体に力が入らず、意図した通りに身体が動いてくれない。

 にもかかわらず、意志や意識は明確にあり、この先の“任務”を嫌でも記憶しなければならない。

 自由に動くこと、自尊心を守ることすら許されない。

 そんな状況になってしまっている。

 

 

「ふ、ふ、ふ」

 

 どんなに努力を重ねても、何一つ報われない。

 辛い事や嫌な事から逃げたくても、逃げることすら許されない。

 誰からも“私”を思われることはなく、“私”の居場所はどこにもない。

 私が私であろうとする程に、傷ついていく。

 

 “もの”や“悪者”扱いを受けながら、この先ずっと、“完璧なもの”として存在しなければならない。

 

 この地獄人生は、一体いつまで続くのか。

 




 

 ――――ぽとり。

 

 崩れ落ちた身体が力無く載っている、赤い絨毯。

 そこに、小さな染みができあがる。


「っ」

 

 どうして。

 どうして、辛いことしかないの?

 

 いつだって四面楚歌。

 どんなに努力しても、1つも報われない。

 

 身体を自由に動かすことも、自尊心を持つこともダメ。

 “もの”扱い。

 

 ずっとずっと、辛くて苦しいだけ。

 そんな人生なのは、なぜ?


 



「……うぅ……」

 

私は、貴族でありたいなんて望んでいない。


 王太子妃に、なりたかったわけじゃない。

 

 高価な物らドレスやヒールを身につけたいわけでもない。

 



大好きな人、大切な人達と、幸せに暮らしたかっただけ。

 


 どんなに辛くても、懸命に頑張ってきたのは、そう在りたかったから。


 大切な人に、想われ愛されたかった。


 

 それだけなの――――――――――

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