第4話 起点となるディナー④



 我が家の家筋は平民だ。

 私達家族は13年前まで、市街地より少し離れた小規模な街に住む、しがない一市民であった。


 変化が訪れたのは、私が6歳の時。

 両親が趣味でまとめた研究書が国に貢献する内容であったことから、我が家は現国王から特別に、貴族の地位を与えられることになった。

 


 研究はただの趣味、書物にまとめたのは必要な人に届いたらよいと思って行っただけ。

 褒美のことなど念頭になかった両親は、爵位の件を喜びはせず、むしろ、大いに困惑した。

 爵位の授与は辞退したかった両親だが、絶対君主である国王からの申し出を、何の特色もない平民が断れるはずもなく。

 我が家は、ただの平民から伯爵家にならざるを得なかった。


 爵位を貰い受けた我が家の生活は、一変した。

 爵位と共に国王から与えられた大きな屋敷へ、決して裕福ではなかった私達が身一つで引っ越すと、そこには、見たこともない高級家具や装飾品、煌びやかな衣服や広大な領地、我がブルーム家に仕える多くの従事者達の姿があった。


 『伯爵様』『旦那様』『奥様』『お嬢様』と頭を下げ、命令を待つ執事や侍女達。

 自分のことや家事をやろうとすれば必死に止められ、伯爵家の人間らしい振る舞いができていないと言われてしまう。

 平民の感覚が抜けない私達を見かねた執事の長から、貴族についての教育を受けるように促された。

 


 伯爵らしい振る舞いを。

 貴族としてのマナーを。

 素晴らしい貴人になれるように、と、国王が直々に手配した教員から、親子揃って教育を受ける日々。

 それに加え、両親は研究の続きと与えられた領地の管理、私は両親と離れた部屋で生活をするように言われた。


 貴族として暮らす私達には、自分のことを自分でやる気侭さ、趣味や好きなことをする時間、平民時代の友人や知人達と会うなど、今までできていた“自分のやりたいことをやりたいように行える自由さ”が一切なかった。

 


  両親も私も、慣れない爵位や貴族の生活に戸惑い苦慮するばかりで、影では何度も根を上げていた。

 かといって、目の前の生活を放棄すれば死活問題。

 当時は、国王からの褒美を勝手に放棄すること、島国である我が国を出るという覚悟も気力もなかったため、伯爵として必死に生活していく選択しかできなかった。

 

 そんな不慣れなことだらけの中、私たちを最も苦しめたのは貴族間の付き合いだった。


 伯爵という高い階級上、貴族としての付き合いを避けることは許されず、複雑で独特な雰囲気をもつ社交界やお茶会に赴かなくてはならなかったのだが。

 血筋を重んじる貴族達から目をつけられ、貴族特有の洗礼や数多くの皮肉を受けた。


 聞けば、一市民から貴族への昇格、しかも伯爵家という高い地位を平民が授かった前例はなかった、と。

 

『一体どんな手をつかったのか』

『地位をくれと、褒美を強く強請ったに違いない』

『平民は、物事の分別がつかないらしい』

 

『美人には程遠い母親が国王に懸想して、擦り寄ったのでは』

『下品な知恵を持つ、卑しさの塊だ』

 

『貴族の品格など欠片も持ち合わせていない者が、伯爵を名乗るだなんて』

『常識であるはずの、○○所作ができていなかったわ』

『生粋の貴族である我々と違って、斬新な感覚をお持ちでいらっしゃるから』

 

 我が家は常に、好奇な目や監視の目を向けられる立場だった。




 『毎日が、とても、息苦しいの……』

 『私達の……特に君の性には、あわなすぎるんだ』

 

 その生活は、のんびり好きなことをして暮らしたいという我が家の性に合わず、両親は嘆き苦しんだ。


 母は体調を崩し人前に出れぬ程塞ぎ込むようになってしまい、父も酷く老け込んだ。

 私は、全く笑う事ができなくなった。


 

 このままでは、家族皆が潰れてしまう。

 そう思った父は、国王に切望した。


 人の少ない自然に囲まれた場所で、私達家族のみで暮らしたい。

 このままでは、妻が衰弱死してしまう。

 国のための、より良い研究をすると約束する。

 だから、どうか、爵位を返上させてください、と。

 

 結果、願いは1部聞き入れられた。

 爵位を返上することは叶わなかったが、希望の地に引越すことはできたのだ。


 

『貴族の恥』

『国王の恩恵を無下にした』

『心根が腐った成り上がり者め』

 

 貴族らしからぬ有り様に、貴族達からの世評は悪くなり肩身も大層狭くなったが、心身共に生き苦しかった日々から解放され、自由を取り戻せる生活のほうが私達には大事だった。

 

 そうして、新生活を始めた私達は、自由であることの尊さを噛み締めた。

 家族揃って、人の少ない片田舎で慎ましく暮らせることは本当に幸せで、母が元気を取り戻し、新しい家族を2人も迎えることができるまでになった時には、家族皆で感涙した。

 

 貴族社会で生きる人生には、二度と戻りたくない。

 

 新たな地で暮らす私は、今ある幸せがずっと続くことを願って、家族を大切にしながら毎日を生きていた。


 定期的に私達を気にかけてくれ、両親が困った際には手を差し伸べてくれた国王にも、「優しい人」だと感謝していた。

 私が、10歳になる年までは…………。



 



「黙り俯くとは、どういう了見だ。まさか、目上の者と話す際の立ち振る舞いを忘れたわけではあるまいな」


 不機嫌な声色の国王が、私に問いかける。

 王に言われて初めて、自分の視線が膝かけのナプキンにあることに気がついた。

 

 慌てて視線を上げた私の目に、鋭く光る青が突き刺さる。

 私の正面反対側、上座だけに設置されている豪華な椅子に座る国王は、顎を少し突き上げ腕を組んだ状態で真っ直ぐ私を捉えている。


「……いえ……」

 

 黙ってしまったのは故意ではないが、どう反応したらよいかが分からなくなったのは事実。

 何か救いとなるものは……。

 私は眼球だけを動かしながら、視野を少し広げてみた。


 左隣の彼を含めた同じテーブルを取り囲む他の3人は、いつの間にか配膳されていた前菜を黙食。

 上座壁際にいる宰相は場の様子を伺いながらじっと立っており、視界には捉えられなかった料理長や侍女長は後方で作業をしていると物音から確認できた。

 

 皆、我関せずといった様子で、誰も私の事など気に止めていない。

 しかしながら、そう見えるのは見かけだけ。

 この場にいる者は皆、私が何を言いどんな振る舞いをするのかに意識を傾けている。

 それが、全身に突き刺さってくる場の空気感から明白だった。

 


 頼れる者は己のみ。

 私は、誰1人として味方でない中、自分1人で、一刻も早くこの場をなんとかしなくてはならない。

 それも、完璧な王太子妃の対応をしなければ……。



 震える手を強く握りしめれば、忘れていた痛みが再燃する。

 ズキズキとした感覚に冷静さを取り戻し始めた私は、1呼吸置いた後静かに口を開いた。


「すぐの返答ができず、大変申し訳ありません。自責の念にかられておりました。王太子妃の名に恥じぬよう、今後はより努めてまいります」


 四面楚歌という窮地に陥った私だったが、なんとか、気丈に振舞い返すことができた。

 深々と頭を下げた私は、国王の許しを待つ。

 


 広間には、しばしの沈黙が流れる。


 

「はぁぁぁぁ」



 息を呑みながら待っていた私に、国王が返してきたものは盛大なため息と、私の急所を付く言葉だった。


 

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