第4話 起点となるディナー③


「よく勤めているようだな。王太子として貴族院や国民から認められている旨は、我の耳にも届いているぞ」


「お言葉ありがとうございます」


「して。何やら色々な人間と縁を繋いでいるようだが、我の許可なしに隣国の王やルーン家との繋がりを持ってはいないだろうな」


 隣国の王、ルーン家と口にした辺りから、王の眼光が鋭くなった。

 国王が放った覇気は、目の前にあったフローティングキャンドルの炎を揺らす。

 

 いつ何時も昔から変わることのない、圧倒的な威圧感。

 ゾクリ。

 国王という存在を改めて感じた私の背筋が凍っていく。

 

 しかし、配慮すべき事が多いこの場では、そちらに気を取られてしまってはいけない。

 止めかけていた息を小さく吐いた私は、王の先程の発言を思い起こしながら、彼に意識を向けた。

 

 彼が行う公務の内容ほとんどを、私は知らない。

 それは、私との接触を避けたい彼が、最低限の事しか教えてくれないからだ。

 かと言って、知りませんでは済まされない。

 王太子の公務については、そのほとんどを王太子妃として把握するのが普通なのだ。

 その為、初めて耳にした話でも、知っていたかのような振る舞いをしなければならない。

 彼に相応しい王太子妃、であるならば。

 

 体を動かすことなく意識だけを彼に向けた私に対し、彼は横目でちらりとこちらを見た。

『上手く話を合わせろ』の合図だろう。

 国王の威圧感にも全く動じていない彼は、私の意志を確認せぬまま、静かに口を開いた。

 

「国王の許可無くして、そのようなことは行っておりません」


「……誠か?」


「はい。王太子の名に誓って、隣国との個人的な繋がりはないと断言いたします」


「アンジュよ、主は何か知らぬか?」


「私が知っているのは、殿下が常に国のためを想い公務に励んでいることです。陛下が国の君主であり、争い事が禁忌とされる我が国において、陛下の意に反することを行う愚者であるわけがないと存じます」

 

 国王が、絶対君主であること。

 平和を第一に掲げる我が国は、争い事が禁忌であること。

 彼の立場が不利にならないように立ち回ること。

 それらを踏まえ、私は、王太子妃に相応しい凛とした様で回答してみせた。


 王が話題にした隣国だが、我が国とは平和条約を固く結んでいる仲の良い間柄で、現国王は彼と同年代の若き王だ。

 ルーン家はリリア様の実家のことであり、隣国では3大勢力のうちの1つ、我が国でいう大公爵家、大臣に継いで高い立ち位置にあたる。

 王太子である彼が個人的な繋がりを持ってもおかしくない相手だが、国王が個人的に繋がりを持ってはいけないと呈したのは何故か。

 理由は思いつかないが、何にせよ、王の許可無しに隣国の王とリリア様の実家への個人的な繋がりは持てない、ということは記憶に留めておかねば。

 

「……まあ、よい。レオンよ、遊びならば周囲にはわからぬようにやれ。しかし、争い事はどんな形であっても認めんぞ」


「理解しております」


 私達の発言に納得したのか、強面だった国王の表情が少しだけ緩和する。

 王の発した『遊びならば』という言葉は気にかかるが、この場では聞き逃すことにした。

 これ以上気に留めることを増やしては、私の身が持たない。


 

 場の空気が若干穏やかになったところで、私はテーブル上に置いていたシャンパングラスに手を伸ばした。

 手の平に力を加えないようゆっくりと、グラスを口元に運んだ私は、雄弁に動かしたことで酷く乾いた喉を湿す。


「それより、我が聞きたいのは世継ぎのことだ」


 喉が潤ったのも束の間、王の発言により、口に含んだ炭酸水が喉を刺激した。

 喉が捉えたピリピリとした感覚は、不思議と全身に広がっていく。



「レオン。子を成すための案を掲げ、それを実行に移してからどれ程たった?」

 

「半年ですね」


「して、その成果は?」

 

「今までよりも、妻への想いが増しました」


 そう言った彼は、私の方に体を向けた。

 それに合わせるように、私が彼の方を向けば、優しい微笑みを浮かべこちらを見つめている彼の姿が見えた。

 

 綺麗なエメラルドブルーの瞳。

 その瞳には、愛おしいといった気持ちが込められているのが読み取れる。

 しかし。

 その瞳に輝きはなく、目の前にいる私は写っていない。

 私を見つめていると見えるだけ、周囲にそう見えるような装いをしているだけで、その焦点はどこか遠くを凝望している。

 この姿は、彼が脳内で、愛しのリリーを見つめていると変換しながらこちらを見ているもの。

 

 私を見ているようで見ていない、輝きを失った瞳。

 周囲の目がある時の彼の通常様式に、動じることは今更ないが、彼の瞳を見る度に心が波立つ感覚になるのは何故だろう。


「そ、そのような話を国王様の前でするなんて……。おやめくださいませ」

 

 王がこちらを凝視しているのを感じた私は、今の胸中を隠す意味も含め、急な彼からの熱い眼差しに焦って照れた妻を演じてみせた。

 そして、こちらを見続ける彼と再び視線を合わせ、お互いがお互いを想い合うような様相をつくる。

 

 時間にして数秒間。

 されど、私には、この時間が永遠にも思えてしまう。



「控えよ」


 国王の制止により、仲睦まじい夫婦を演じる苦痛からは解放されたが、


「我が欲しいのは、夫婦仲の進展報告ではない。結果だ」


今度は、国王からの冷ややかな視線に包まれた。



「夫婦仲が良いことやプレッシャーを与えてはよくないという医師の見解を考慮し、子については黙秘していたが。生殖機能に問題がないにもかかわらず、まさか婚姻後1年たっても懐妊しないとは。我が王族の歴史ないでは、前代未聞ぞ」


 国王は、ふんと鼻で笑う。

 次いで、眼球だけを動かし彼と私を交互に見始めた。


 冷厳な態度を放つ国王の行動を、私は息を凝らしながら見守る。

 すると、青色の冷たい瞳がゆっくりと、私を捉えてきた。

 鋭い眼光が、私の身に突き刺さる。


「アンジュよ、お主の最も重要な役目はなんだ?」


「……世継ぎを産むこと、でございます」


「引き継がれてきた王族の血を絶やすことなど、あってはならぬこと。こうして特別室を用い話をしている意味やお前のすべきことはわかっているだろう」


 直接的な指示はないが、国王の趣意は言葉の節々から強く伝わってくる。

 “未だ懐妊できていない事は公に話せることではなく、聞かれたくない者らがいるから、わざわざこの特別室を手配してやった”

 “一刻も早く世継ぎを成せ”


「……はい」

 

 王から発せられた言葉の裏を読み取った私の体に、見えない何かが重くのしかかった。

 同時、膝元に保持していたシャンパングラスを強く握りしめてしまう。

 ズキリと痛んだ手の平に思わず顔を顰めてしまったが、国王はそれを自分の発言に納得いかないゆえの反応と捉えたようだ。

 王から向けられる眼光の鋭さが増す。

 

「アンジュ、わかっているだろうな。平民のお主が王太子妃になれたのは、我が特別な恩恵や完璧な教育を与えた事とお主の両親が特別だったという点からだ。平民出身が王太子妃である事に納得いかん者も多い分、お前は完璧な王太子妃であらねばならんのだぞ」


 平民、両親が特別。

 その単語に反応した、彼以外のこの場にいる者の視線が一斉にこちらを向く。

 途端、私を嫌い疎ましく思っている者らと顔を合わせる際に感知する、冷ややかな空気がこの場に流れたこと、自分が四面楚歌になったことを悟った。


 

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