第14話 ~2022年12月6日の話(飛び降り騒動)~

2022年12月13日の更新


また会社に行けなくなった。心が限界と叫んでいる。起きたくても布団から這い上がって会社に行く気力がない。辞めよう。いつも私が会社に行かれるか心配で私の部屋を覗きにやってくる妻が「会社行かれないの?」と聞いてくる。心配というよりは苛立ちを抑えている表情だ。妻が一階のリビングに行った。リビングの隣の和室で寝ている子供たちが中々起きない。私の事もあって声を荒げて子供たちに叱っている。「早くおきなさいよ!自分の支度は自分でするんだよ!早く着替えて!自分でそのくらいやってよ!」と絶叫している。妻にそんな言い方はないじゃないかと言うと妻は「私も仕事を休む」と言ってきた。「なんで俺が会社に行けなくなると自分も会社に行けなくなるんだよ」と私も怒り口調で言ってしまった。「おれが会社に行けなくなって何度も転職するはめになったのはお前のせいだ」と言ってしまった。妻が大絶叫をしだした。過呼吸も起こし始めた。

両親に会社に行かれなくなって会社を辞めようと思う事を報告した。

「今日も行かれなかった。あとで直属の上司の課長に電話して素直に話すよ。会社に体が向かないんですと。徐々に焦らずに簡単な部分から仕事をお任せするとは言われていますが、のちのち担当となる営業の仕事内容の資料とかを見させていただき、仕事内容もお聞きし、それが不安になって早くもストレスに感じて会社に行けなくなってしまっています。私は与えられた簡単な仕事をコツコツ毎日やる仕事が得意です。お客様とヒアリングして営業課題に対して販売戦略を立案して打開策を考えて積極的に顧客にアプローチしていく仕事が自分には合っていないと考えています」と。

両親は「そうだね。それが一番。正直に話してください。くれぐれも家族には当たらないでね」と言われた。

その後で、上司の課長から電話が来た。正直に全て話すと、「入社したばかりなのに信じられない」と言われた。大変ショックを受けていた。後日退職の手続きをするので来てくださいと言われた。

また辞めるのか。しかも二日だけ会社に行ってもう辞める事になるなんて。症状が悪化してきている。自分の部屋の布団に横たわりしばらく、うつむせになって考えた。これからどうしたらいいんだろう。どんな仕事をしたらいいのだろう。毎月かかる家計の支出。のしかかってくるローン。72歳まで残っている。あとちょうど30年。減っていく貯金。70万円しかない。次の会社も決まっていない。会社が決まっても何かの理由ですぐに辞めてしまう。もう働く気力もなくなってきた。自分の存在価値がないように思えてきた。妻や両親、親戚に迷惑ばかりかけてきている。妻と両親、弟にメッセージを送った。

「おれは生きている価値がないですか?死んだ方がいいなら死ぬよ。おれの存在が迷惑で邪魔だったら死ぬよ」。

母親からすぐに電話が来た。「死ぬなんて絶対にやめてね。今は休んだ方がいい。そして精神科にすぐ行ってほしい。仕事どころではないよ。この状況を先生に伝えてほしい。障碍者手帳をもらったら?」と言われた。

私は「精神科に行っても薬を処方されるだけだから。手帳取るかの相談は今度、就労支援センターの人に相談するから。あと、今、認知行動療法の機関への紹介状を書いてもらっている所だから」と伝えた。

電話が鳴った。一年に一度お正月に遭うだけの妻の父親(お義父さん)からだ。怒っている。自分の娘が八つ当たりされた事について腹を立てている。

「このままではお金も稼げないし、生活ができない。何よりも娘と子供たちが心配だ。これからどういう風にしていきたいと思っているの?聞かせてくれ!選ぶ仕事のプライドが高すぎて失敗しているんじゃないか。もっとバイトでもいいから負担を減らせるような仕事でもして続けられるようにしないと。あと、二人は離婚したほうがいいと僕は思っているんだ。その方があなたも金銭的な負担を強いられなくて楽になるでしょ。今度、あなたのご両親も含めて話し合いたい。とにかくガッツを出して仕事を頑張ってくれ」と言われた。

私は怒りがこみ上げてきた。

「なにがガッツだ。そんなものがあればこんな苦労はしていないよ。おれの病気の事を何にも分かっていないんだ」。

私はお義父さんの言ったことを両親に伝えた。両親も「簡単に離婚なんて言うね。あなたの苦しみを全く分かっていないと思う。自分たちが正しいと思っている。ケンカになるだけだから、両家の話し合いには行かれません」と言われた。


妻は自分の部屋から出てこない。私は自分の事を心配してくれない妻、義母、義父に対して怒りがこみ上げてきた。さらにこれからどうしていくのかという不安に苛まれて、鬱蒼としてきた。鬱がひどくなってきた。この世からいなくなりたいと思い自殺願望が出てきたのを感じた。しかし、首吊りは苦しくてできないのは知っている。リストカットしても死ねないのは知っている。マンションから飛び降りようと思い立った。どこでする?下を歩いている人を巻き込みたくない。思い出した。義母が住んでいるマンションだ。あそこならマンションの下の通りは金網が敷かれているので歩行者が巻き添えになることはない。午後2時過ぎ、私は義母のマンションを目指して、一人家を出た。誰にも気づかれずに。そしてバスと電車を乗り継ぎ1時間30分ほどかけて到着した。

バンジージャンプをした事がある。ビル7階に相当する高さだった。怖いのは知っている。さすがに7階から飛び降りることはできないだろうと思った。5階から飛び降りようと決めていた。マンションのエレベーターに乗り5階のボタンを押し5階の通路から下を見た。自殺予防策の金網が張ってあるから、これなら飛び降りても歩行者を巻き込まないだろう。しかし、やっぱり少し怖い高さだと思った。なかなかすぐには飛び降りようという気にならなかった。きっかけが欲しかった。私は妻に心配してもらいたかったのだ。

妻にラインをした「今、お義母さんのマンションにいます。これから飛び降りようと思います」と送った。

すぐに妻から電話が来た。「ご両親に電話するから待ってね」と言われた。

両親から電話が来た。母親の声だ。泣いている。「え~ん、え~ン。なんでそんな事をしているの。死なないで。今どこにいるの」。

「お義母さんのマンションの5階」。

「なんで飛び降りようとしているの~。やめてよ~。死なないで。飛び降りないで」。

「妻が心配してくれないからだよ」。

「心配しているよ。ライン送るから見て。あと、今からあなたを車で迎えに行くって」。

母親が転送してくれた妻のメッセージには、「私は言い争いをしたくないだけなんです。ビクビクした生活だと疲弊してしまいますよね。穏やかにこの困難を乗り越えたいと思っています。私は何も怒っていません。ただ喧嘩をしたくない。争いをしたくないだけなんです。全く責める気持ちはございません」と書いてあった。

妻からラインが来た。「飛び降りるのは止めてね。今、車で向かっているから待っててね」と来た。

私は少し冷静になった。両親に「このマンション、落ちても死なないように金網が張ってあるから大丈夫だよ」と伝え、妻が来るまで待っていると言った。

1時間後、妻が車で到着した。私は助手席のドアを開けて妻の様子をうかがった。あまり心配しているような表情をしていないことに不満を感じた。そして妻に聞いた。「おれが死んだほうが良かったんじゃない?」。

そしたら妻は怒って言った。「なんでそんな事言うの?せっかく迎えにきたのに」。私は、迎えに来てやった?という言葉に切れた。夫が飛び降りようとしているのに妻が駆けつけるのは当然だろう。本当に心配していないなと怒って、もっと分からせてやろうと思った。私はマンションに戻り5階に上った。今度は本気で飛び降りようと思った。妻は路駐しているから身動きが取れなかったようだが、それも私を怒らせた。普通なら路駐なんか気にせずにすぐに車から降りて私を静止しに追いかけてくるだろうと。それが妻にはない。5階に着いた私は下をまた見た。やっぱり飛び降りるには少し怖い。中々踏み出せない。1つ階を下げようと思った。4階に降りた。下を見るとだいぶ5階とは違って怖さがなくなった。ここなら飛び降りられる。フェンスをよじ登ってフェンスの向こう側のせまい段差に立ち、飛び降りる準備をした。そしてまた母親から電話が来た。妻も電話していたようだが、両親に電話してかけてもらったようである。

「今度は本気だから。今、マンションのフェンスをよじ登って向こう側にいる。飛び降りる寸前だ」と言った。

母親は泣き崩れている。言葉が出ない。か細い声で「死なないで~。お願い~。飛び降りないで~。」。母親の声の後ろで父親も騒いでいる「やめろ!死ぬな。飛び降りるな」と。

この声を聞いて少し考えた。おれの飛び降りる目的はなんだっけ。両親を悲しませるのが目的ではなかったはずだ。そして、もう一度マンションの下を見た。おそらくこの高さなら大けがをするとしても死ぬことはできないだろう。妻からも不在着信が何回も来ていた。妻も心配しているのが分かった。自分の中で気持ちが落ち着くのが分かった。私はフェンスをよじ登り、通路側に戻った。そして、妻から「コインパーキングにいるから来て」と言われた。

そして二人で自宅に車で帰った。私は両親にメッセージを送った。

「今日は2回も泣かせるような事をしてごめんなさい。確実に二人の寿命を縮ませるような事をして申し訳ない事をしたと思っている。今度、直接謝りにいきたいと思っているよ」と。

両親は「いいよ。謝るためには来るな。遊びにだったら来なさい」と言われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る