第11話 ~海外営業職(入社二日目)12月2日の話~

2022年12月9日の更新 


サッカーワールドカップ、日本がスペインを破って決勝トーナメントに進出。日本中が盛り上がっていたその日の朝、私は自分の布団の上でうつむいて寝ていた。会社に体が向かない。起き上がれないでいた。そしてやっぱり会社に行けなかった。この日は、OJTで本格的に海外営業の仕事が始まる事になっていたが、昨日のオリエンテーションでの営業部の仕事内容の全体像を課長から説明を受けた時に気分が悪くなりそのまま鬱っぽくなっていた。

昨日は、夜21時には寝た。そしてたっぷり睡眠を取り、朝の5時には目が覚めていた。なんとか会社に行くべきなのは頭の中では分かっている。しかし会社の事や、仕事内容の事を思い出すと体が起き上がらない。布団の中で3時間格闘していたが、とうとうダメだった。

心配した妻が起きて私の部屋に入ってきた。「ごめん。ダメだ。体が動かない。会社に行きたくない。どうしよう」と言った。妻は取り乱し、妻も気分が悪くなったから自分のパートを休むと言い出した。私はとりあえず今日は会社を休み、週末にゆっくり考えて、本当にこのまま辞めて後悔しないか考えようと思った。会社に連絡し、食あたりにあったみたいで気持ちが悪いので休みますと嘘をついて休んだ。

就労支援センターに会社に行けなかった事を報告した。「佐々木さんは真面目過ぎるんですよ。オリエンテーションでの話は軽く聞く程度で覚えなくていいんですよ。仕事が始まる前にチャレンジせずに逃げるのは止めたほうがいいですよ」と言われた。「とりあえず、一週間頑張って、そうしたら二週間、一か月とだんだん目標を立ててやっていく。私が心配しているのはここで逃げると今まで味方だったご両親とも疎遠になってしまいかねません。

最初の給料が出るとそれが励みになってまた前に進もうという人もいますから最初の給料をもらうまでは頑張った方がいいです。家族が崩壊してしまいますよ」とアドバイスを頂いた。話をしている最中に電話が鳴った。会社の総務の女性からだった。初日は一日オリエンテーションをしてお疲れになられたのでお休みになられたのかなと思いました。くれぐれも無理をなさらずお大事にしてくださいと心配をされていた。そして続けざまに海外営業の上司の課長から電話が鳴った。同じように心配されている様子だった。「月曜日は会社に出社します」と答えた。就労支援センターのおじさんは、電話のやりとりを聞いている。「こうやって電話をしてくれて心配されているのは良い会社じゃないですか?ここで辞めてしまうのはもったいないですよ。もしここで辞めてしまうと次は障碍者手帳を取っての就労移行になってしまいますけど、佐々木さんには勧めたくはないんですよ。もう少し踏ん張ってみませんか?即戦力として最初から期待しているわけではないし、完璧に何でもできるとは会社も考えてないですよ。逆に会社は、分からない事は分からないと言ってもらいたいと思っているはずですよ。駄目なのは分かったふりをすることですね。最初は従業員に教育をして育てるのが会社の役目ですから。あとはメモを取ることですよ。あと商品に興味を持っていくことが大切だと思いますよ」。

「その商品に興味がもてないんですよ」と言うと、お客さんが実際に使っている所を見る事だと言われたが、そのお客さんが海外にいてコロナもあるし、中々訪問して実際使用している所を確認する事ができなんだよな~と内心思った。

とにかく家族崩壊。この言葉が心に突き刺さった。

就労支援センターのおじさんも未だに上司から怒られているのだと言った。それを聞いて少し励まされた。

その時、髪の長い小汚い40代に見える男性が就労支援センターに入ってきた。おじさんが耳打ちした。彼は20年間引きこもりで最近やっと自分一人でバスや電車に乗れるようになったのだと。そして働きたいと言っているそうだ。色々な人がいてそれぞれの状況で頑張っているのだと思った。

お世話になっているグッバイワークのカウンセラーのおじさんにも電話して状況を伝えた。無理しろとは言わないが、優しい言葉で一日ずつ行ってみて、少しづつ自信をつけていくのはどうかとアドバイスを受けた。少しずつ気持ちが前向きになっていった。私は朝、急遽入れた清掃のアルバイトの面接と、タクシー会社の面接を両方ともキャンセルした。

そして一息入れようと思ってコーヒーショップに入った。ホットコーヒーのスモールを一つと注文した。ブレンドとアメリカンがありますがと言われ、どう違うのですかと聞くと、アメリカンはお湯で薄めるので飲みやすいと言う。ではブレンドの方がよりコーヒーの深みを味わえると思ったのでブレンドを注文した。

駅のタクシーロータリーが見渡せる席でブレンドコーヒーを飲みながらタクシーの数を数えた。16台。今年経験したタクシー業務を色々走馬灯のように頭に蘇らせた。やっぱり私がやりたいのはタクシーではないと再確認した。

月曜日からまた会社に行こうとは思っているが、それでもこの会社を続けられるのも風前の灯火のように感じた。私は怯えている。不安に押しつぶされそうになっている。体が委縮している。営業の仕事が怖い。

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