第9話 ~入社日前日の11月30日の話~

2022年12月7日更新 


次の日、朝起きたら義母と顔を合した。「おはようございます」。義母は私に向かってすかさず、「先日は電気のスイッチの交換と猫の爪切りに行って頂いてありがとうございました」と、まるで棒読みのような心のこもってない言葉をもらった。「いえいえ」とは言ったが、もはや心がこもっていないのは、いつもの事なので、義母とは顔を会わせず、お互い挨拶の儀式が終わると、私は自分の部屋に義母は和室に戻った。

今日は失業手当の認定日でグッバイワークへ行った。20人ほどが待合スペースで自分の順番を待っていた。失業認定申告書と雇用保険受給資格証と会社からの労働条件通知書をファイルに入れ順番待ち用のボックスに差し込み順番を待った。待ち時間が長くても気持ちは穏やかだった。自分の番号を呼ばれ手続きをしてもらう。職員が「採用の確認が取れましたので一週間以内に失業手当が振り込まれますのでご確認お願いします」と言った。この言葉を聞いてほっとした。98000円。しかも再就職手当も該当するとのこと。所定給付日数90日が割り当てられ、残日数が73日残っていた。その60パーセントが支給される。基本手当の日額が5700円だから計算すると約25万円が後日振り込まれる予定だ。このことを妻と両親に報告すると喜んでいた。両親にはこれで生活のめどが立ったから、これからは資金援助はしなくて大丈夫だよ、今までありがとうと伝えた。両親は失業給付はありがたいねと言い、嬉しそうだった。グッバイワークに来所するのは今回が最後だと言われた。

隣のブースの人の声がする。男性40代くらいに見える。同世代だ。彼も私と同じ12月1日から就職が決まって勤務を開始すると聞こえた。心の中でお互いよく転職活動を頑張ったよなと励ましあった。ふと見ると、いつも間にか待合スペースは50人の人で犇めき合っていた。本当に私が海外営業職で就職できたのは奇跡だと思った。私はグッバイワークのエントランスのドアを出て、もうここでお世話になることがないようにしたいと思った。失業手当が思った以上に支給されることになり、心に余裕が出た。お腹が空いたので、エニウェイでサンドイッチとホットコーヒーを注文した。今日はツナサンドに卵のトッピングをした。4か月に亘る転職活動が終わる。この4か月の間で、自殺未遂、妻の浮気疑惑、厳しい転職活動。色々な事があった。明日から社会復帰だ。

この後、精神科の病院に向かった。月一回通院している。アポイントの1時間前に着いて受付を澄ました。認知行動療法の機関からは、現在通院している精神科からの医療情報提供書が必要だと言われていた。今の精神科に転院したのが今年の8月。4か月経過している。転院した頃は間もないから出せないと言われていた。直近の精神科から取り寄せてくださいと言われていた。もう転院してから4か月以上は経過しているので今なら発行してもらえますかと聞いたらあっさり大丈夫ですと言われ安堵した。早速申請窓口を案内され行くと、まだ研修生の名札を胸に掲げている20代前半の眼鏡をかけた可愛らしい女性が対応してくれた。優しい対応に好感が持てた。手の甲も若くてお肌がツルツルしている。私は彼女の顔と体の輪郭、お尻のライン紺のカーディガンを着たピンク色のワイシャツと黒の制服をじっくり見て頭に記憶し、トイレに行った。ズボンとパンツを下ろして先ほど記憶した彼女の姿を呼び、彼女に向かって「可愛いよ」とつぶやいた。私はお互い裸になって抱き合いたいと言った。私は自分の口を大きく開けて彼女の口を食べて唇を塞いだ。舌を入れたり彼女の唇を舐めまわしたりした。官能的なキスだけで射精ができてしまった。私は可愛い子を見るとすぐにトイレに駆け込んではオナニーをする。大体これで70パーセントくらい性欲が満たされる。トイレのドアを開け現実に戻り、何事もなかったように真面目な顔をして戻る。

精神科の先生から呼ばれた。「佐々木さんお入り下さい」。最近の状況を話した。「最近は薬が合っているのか家具を叩き壊したり、大声で絶叫することが少なくなりました。でもバイトで叱責をされその人が怖くなり、そのまま辞めてしまいました」と伝えた。一番私が悩んでいるのは仕事についていけなかったり、怖い人がいたりしてすぐに会社を辞めてしまうことだ。私は聞いた。「どうしたら会社を辞めないで済みますか?」。先生が言った。「佐々木さんの場合は、前の病院で鬱と診断されていたみたいですが、鬱と言うよりは、これまでの転職回数を考えると発達障害の要素が強いのではないかと考えています。診断名をつけるとしたらASDかなと。そのせいでコミュニケーションがうまくいかず鬱になっていったのではないかと思います。コミュニケーションの所でつまづく事が多いので人と関わる仕事は避けたほうがいいです。ソーシャルスキルトレーニングが必要になります。任地行動療法もいいですし、ASDの人が使えるサービスや機関に行かれるのもいいと思います」。

「このASDは治るんですか?」と聞いた。先生は「生まれつきの要素もあるので治るものではないです。仕事に関しては得意分野と不得意分野を見極めて上手に付き合う事が大事です」と言われショックを受けた。明日から働く会社。営業部の海外営業担当。社内やお客さんと沢山コミュニケーションを取ることになるだろう。しかも英語を使う。厳しいノルマはないが、それなりにプレッシャーはあるだろう。私は確認した。「この仕事は避けるべきではないでしょうか」。「もう決まってしまって明日から働くんですよね?とりあえず当たって砕けろの気持ちでやってみて、ダメだったらストップしてください」と言われた。

受付で会計をする。病院の職場が一望できる。パソコンの前に座ってにらめっこしている人達。上司が隣に座り、つきっきりで何かを教わっている研修生。自分も明日からこんな風に働くのか。だんだん気分が悪くなり、絶望感に襲われた。休憩室に腰かけて自販機で缶コーヒーを買い、クロチアゼパムを飲んだ。

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