第8話 ~タクシー運転手時代の同僚との再会~

2022年12月2日の日記 


私の前職はタクシードライバー。2022年2月~2022年7月までの約半年間を縦浜市の鶴目を拠点にお客様を乗せていた。今日はタクシー時代の元同僚で今は友人である中田さんと鶴目方面で夜再会する事になっていた。彼も結婚して子供が3人いる。彼は私たちが働いていた会社では日勤勤務を募集していなかったので、別の会社で働いている現役ドライバーだ。日勤なので夕方に勤務が終わる。その後二人でおしゃべりでもしようという事になっていた。その時間まで私は懐かしい鶴目の町を散策しようと計画していた。お昼ごろ鶴目駅に降り立った。懐かしい。4か月ぶりだったが遥か昔の事のように思える。昼12:30頃。鶴目駅東口。タクシーロータリーに止まっているタクシーの数を数えると16台。この時間は暇だ。病院はお昼休みなので病院へ行くお客様もいない。私は16台のタクシーと向かい合うように正面に立ち、タクシーに見とれていた。ほんの4か月前に私もこの中の一台だったのである。そして中々お客様が乗ってこなくてイライラしながらひたすら自分の順番を待っていたのだ。暫く郷愁に浸る。駅前のこの場所に超有名な政治家が街頭演説をしていて、私は車内から携帯で写真を撮り、同僚の中田さんに送ってはしゃいでいた。思い出が蘇る。タクシーロータリーの正面にパン屋兼カフェがある。ウィンドウ越しに店内を見てチュロスが美味しそうだった。急に食べたくなった。店内に入り、チュロスを注文してカフェ席に座る。タクシーを見ながらチュロスを食べる。なんとも言えない贅沢な時間だ。タクシーロータリーは、横に6台、縦4列の合計24台が停められる。その他にお客様が乗り込む場所の近くに3台停められる。この3台の中に入ると、いよいよ自分の番かと臨戦態勢になる。それまでに時間がかかる。お客様が一人乗り込むごとにタクシーが一台ずつ減っていく。横6台の列もだんだんとタクシーがいなくなり、最後の一台が出ていくと、次の後ろの列の6台が横一列になって一斉に前に出てくる。タクシーは順番を守るのが大切だ。ズルは、クレームの元になる。タクシーセンターにクレームがいくと呼び出しを所長とともに乗務員は呼び出しを喰らい、時間の無駄になるから皆恐れている。その他にもルールがある。駅にお客様を降ろして、掲示を空車にしてそのままタクシーロータリーに並んではいけない。空車にしたら必ず一周してからロータリーに入らないといけない。この駅は、一般車も入れる。送迎の車がひっきりなしにくる。他の町の駅では、一般車は進入禁止で入ったら切符を切られる場所もあるが、鶴目駅東口は許されていた。時々タクシーの待機場に路駐する一般車がいて、タクシーにクラクションを鳴らされている車がいた。タクシーを見ながら色々な思い出にふけってテンションが上がっている人は珍しいだろうと思いながらチュロスを食べ終えた。歩いて西口に回った。掃除寺に行った。タクシーをやっていた時に、掃除寺までお客様を乗せたことはなかった。初めて行った。明後日から勤務が始まる新しい会社で定年まで働けますようにと願掛けをした。そしてまた鶴目駅の西口に戻り、そこからタクシーに乗り、下の毛末吉にあるタテヤマ湯ランドに向かった。昔ながらの銭湯である。ここから、よく配車依頼が来て掲示を迎車にしてよくお客様を迎えに行った。乗ったタクシードライバーは「ご乗車ありがとうございます!」と明るく元気な声の80歳のドライバーだった。気さくに話してくれた。大工さんを定年まで続け、それから15年間タクシーをやっているのだという。「お客さん、今から銭湯に行くの?」「はい。久しぶりに夜、友人に会うのでそれまでの時間、掃除寺に行って銭湯に入って、髪の毛末吉の寿司オリジンでビールを飲みながらお寿司を食べようと思っています」と答えると、「いいな~。私と代わってもらいたいな」と冗談で笑顔で言った。料金は1000円だった。この暇な時間で1000円は及第点だろうと思った。一日に約40組のお客さんを乗せる。深夜は深夜料金が尽くし、回転も速いから、1時間の客単価は上がる。昼間の客で1000円はまずまずのお客だったろうと自分を称えた。

平日午後3時頃の銭湯は閑散としていた。お湯の温度っも42.5℃で丁度良い。体が温まる。このあとお寿司屋さんでビールを美味しく飲みたかったのでサウナで汗をかいた。熱くなった体に冷水をかけると気持ちいい。そしてまたサウナに入り、冷水をかける。これを3度繰り返した。銭湯を出ると天気予報通り雨が本降りになった。タクシーを呼んでもらった。私が今年働いていた会社のタクシーが来た。知らない見たことのない優しいそうなおじさんが運転していた。しばらくして意を決して話しかけた。「私もこの会社で今年の夏までドライバーしてたんですよ」と伝えると、ドライバーは「タクシードライバーは稼げなかったですか?」と聞かれた。「私は売上の事を考えすぎて焦っちゃって運転が荒くなるし、勤務時間も長時間で深夜も働きますからね。ちょっと危ない目にも遭いましたからね」と答えると、「もうタクシーはやらないですか」と聞かれた。私は少し考えて、「そうですね。もうやらないですね」と決意を伝えた。下の毛末吉の銭湯から髪の毛末吉のお寿司屋さんまで1,400円だった。お寿司は特上握り寿司を奮発して食べた。1700円で手頃な価格だった。銭湯に入った後のビールを飲みながら食べるお寿司は格別だった。

その後、中田さんが寿司オリジンまで車で迎えに来てくれた。コンビニに駐車して、彼がよく飲んでいた缶コーヒーを差し入れた。「お疲れ様!久しぶりです」。私は缶ビールを開けて彼は缶コーヒーで乾杯をした。私は早速、彼にタバコを吸って見せた。肺に入っているか確認してもらうためだ。「入ってないですね~。こうやるんですよ」と見本を見せてくれた。なるほど、煙を強く吸って飲み込む感じかぁと思った。私は彼を真似て、激しく吸ってみた。咽た。「そうです!そうです!」と中田さんは言った。肺に入るとこんなに苦しいのかと思った。私は口の中で煙を溜めて吐き出すだけでいいやと思った。肺に入れるのが目的ではなかった。一瞬でも気分転換になればタバコを買う意味はあった。思い出話に花が咲いた。

中田さんは「奥さんとはどうですか」と聞いてきた。私は、「そうだね~、なんかね、もうどうでもよくなっちゃった」と言った。「また女友達と遊びに行きたいと言い出してきたよ。ほんとは誰とどこに行くのか分からないけどね。前の浮気の疑惑も晴れていないから私のモヤモヤは消えていないけどね。でも私たちはセックスレスだし、そうすると性欲をどこかで発散させるしかないよね。実は妻からは風俗に行ってきていいよと言われているんだ。でも私は行かないよ。風俗も飽きたし、写真指名しても違う人が登場するから、あんまりいい思い出ないしね。単純にお金がないというのもあるけど。妻も私と同じ42歳なんだけど、最近ネットで調べたら女性は40代が一番性欲が強くなるみたいなんだ。でも私は妻に対しては性欲を感じなくてね。というのも、妻は家に居るときはダサいパジャマを終日着ているのね。その姿を見ても全く興奮してこないのよ。男ってシチュエーションとか服装とかポイントだと思うんだよね。少なくとも私はね。妻と出会った頃はお互い相手に好かれようと頑張るじゃない?メイクも一生懸命するし、丈の短めなそそられるワンピースやスカートを履いていて、こちらはそれを見て興奮していたんだけど、今はそんな服装しないからね」。

中田さんは、「じゃあ、奥さんにスカートを履いてもらえばいいんじゃないですか」。

「いや~。妻は、こんなおばさんが、ワンピース履いてたら気持ち悪いでしょ?って言ってたよ」。

中田さんは続ける。「じゃあ、一生セックスレスですか?」。

「最近ネットで見つけたんだけど、女性用の風俗があるの知ってた?妻にはそこに行ってもらって性欲を満たしてきてもらってもいいかな。銭湯にでも行くのりで。それなら許せるかな。私との肉体関係がなくても浮気されて彼氏ができる事が一番ショックなのね。それは許せない。だったら風俗で一回限りの関係なら全然いいけどね。逆に中田さんは奥さんとはどうなの?セックスレスじゃないの?」。

「うちは大丈夫ですね。成り行きでたまにやってますよ。奥さんのお姉さんが子供たちの面倒を見てくれる日があるのでそういう日とか」。

「奥さんが求めてくる時って分かる?」と聞いた。

「分かりますよ。なんか腕枕してとか言ってきて甘えてきますよ」。

「うちはそういうのが不器用というか、恥ずかしくてできないんだよね」。

「奥さんと二人きりでデートに行くのがいいじゃないですか?」。

「う~ん。そうかな~。私と二人でデートに行きたがるかな~」。

「奥さん、カラオケとか好きじゃないですか?」。

「カラオケは絶対無理。私の歌声が死ぬほど嫌いだからね。耳が腐るって言われた事あるから」。

「そうですか~」。中田さんは言葉を失った。

私は続けた。「よく子供たちを連れておもちゃ屋さんに行って、同じような40代らしき夫婦を見かけるけど、みんなラブラブには見えないけどな~。私たちと同じように30歳前後で出会ったとして、付き合って結婚して10年くらい経過した40代の夫婦はみんなセックスなんか卒業しているように見えるんだけどな~。まあ、とにかく今年は色々あって、無職の期間も長かったし、妻にも色々心労をかけて悪かったとは思っているけどね。とにかく、うちの妻は私が会社を辞めないで働いてさえいればそれでご機嫌だから。とにかく次の会社会社を辞めないで働き続ける事だと思っているよ」。

中田さんは「頑張ってください。何かあったら連絡くださいね」と優しい言葉をくれて最寄りの駅まで送ってくれた。

中田さんは最後に一緒にカメラに映ってくれた。そしてその写真を妻に送った。先ほど、寿司オリジンで食べている時、妻から突然電話が来ていたのだ。「今どこ?家には居ないの?」と聞かれていた。彼女は滅多に電話をかけてこない。不審がられていると思った。私は女性とは会ってはいない事を証明するために中田さんが一緒に映っている写真を送った。

私は妻と、出会った頃の一番良い時に戻りたいだけなのだ。例え、お互い年を取って性欲を求めなくなったとしても。仲よくなりたい。ケンカをしたくないだけなのだ。

この日、お寺でお参りをして、銭湯に行ってからお寿司を食べてタクシーを二度使い、交通費を含めて総額10000円ほど。久しぶりに豪遊をしたなぁと思いながら帰路についた。

家に帰ると妻の部屋に行き、「ただいま」と言うと、妻はとびきり元気になっていた。

「お帰り!楽しかったみたいで良かったね」。

肌の血色が良くなり昨日まで廃人だった妻とは別人のようだった。

「どうしたの?なんか随分元気になったみたいだけど」。

妻は、「お義母さんが来てくれたし、今度の週末に友達と遊びに行く約束をしたら元気になったよ!私も寂しくてね。リフレッシュが必要だったみたい。信一さんも明後日から仕事頑張ってね。奇跡だから。なんとしてもこの仕事は手放さないという強い覚悟で働かないと。私もパートで採用された時はそうだったから。常に考えながら行動してるよ。職場での立ち振る舞いとか。人間関係とか。気遣いとか。興味を持って自分で考えるくせをつけておけば、人に聞かなくて済むようになるよ。信一さんは何も考えないでボーっと生きてきたから、考える事が苦手になっちゃったんだね。そこを変えて、あとは怒られた時に認知行動療法をして対処するようにすれば会社を辞めないで済むようになるよ」と、妻からのいつもの長い話を聞いた。リビングルームに行き、隣の和室では、子供たちが寝静まっていた。そして中からブタのような鳴き声が聞こえてきた。「グガーぁ、グガーぁ」。義母の寝息だ。電気のスイッチの件で喧嘩をして以来、一週間ぶりに妻が家事を手伝ってもらうために呼んでいた。

もう下の次男も幼稚園の年長になってしっかりしてきたし、世の中のパパやママはここまで頻繁に義母を泊まり込みまでさせて、家事を手伝ってもらう事はしていないと思うよとt妻には言っているのだが、「私も病気だから」と言っては義母を呼びつけて馬車馬の如く家事をやらせる。いつまで私たちはこんな事を続けるのだろうか。

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