第7話 ~ペットの爪切り~

猫を一匹飼っている。名前はミーちゃん。8歳。長男が生まれる一年前に妻とペットショップに行った。マリッジブルーを訴えていた妻は犬がほしいと言ったので犬を買いに行った。ペットショップに産まれたばかりのミーちゃんがいた。妻も私も一目ぼれだった。犬を飼うはずが猫を飼うことになった。

その後、ワクチン接種や、去勢手術やら動物病院に行くたびに騒ぎ、すっかり病院嫌いになった。我々が爪を切ろうとしても大暴れする。自分たちでは爪を切る事ができなくなったので一年に3~4回、動物病院で爪を切ってもらっている。一人ではキャリーバッグに入れられなかったので、家族全員がいる週末に家族総出でミーちゃんをキャリーバッグに入れる必要がある。ミーちゃんを餌で釣ろうとするが病院に連れて行かれるのが分かっているから警戒して、おびき寄せられない。無理やり抱っこしても抵抗して、体をのけ反らして逃げてタンスの奥に隠れてしまう。私はイライラしてタンスを蹴る。だから、一番警戒をしていない小学校2年生の長男に抱っこをしてもらいキャリーバッグに入れてもらおうとした。「ミーちゃんをバッグに入れたよ!」との長男の声がした。この数週間、ミーちゃんをキャリーバッグに入れられなくてイライラとモヤモヤを抱えていた私は、やっとこの仕事が片づけられると思った。病院に行く準備をしていたら、長男から「ミーちゃんが逃げた」と声がする。

「なんでだよ」と怒りがこみ上げてくる。バッグのチャックが開いていてそこから逃げ出したとの事。一度警戒したら、しばらくは二度とタンスの奥から出てくることはない。今日は無理だ。諦めた。来週の週末まで一週間先延ばしになった。さっさと終わらせたいのに思い通りに事が運ばない事に怒りがみなぎる。猫を叩きたくなる衝動を抑えて私は自分の部屋に戻った。

そしてメンソールのタバコを一本箱から取り出し庭で吹かし、鼻からタバコを吸った。リビングに戻ると幼稚園の次男が「パパ、タバコ吸った?」と尋ねたが、「吸ってないよ」と言い、次男のぷくっと膨れた肉付きのよい可愛いほっぺを全力で吸った。

このまま妻から離れ、自分の部屋に戻って音楽でも聴いて気分転換すれば良かったのだが、1つ屋根の下で、中々顔を会わせる事のない妻がそこにいるので、私はこれから入社する会社の話をした。「会社までバイクで30分なんだけど、雨の日とかはこれからの季節、路面が凍って危ないから、車で行かせてくれないかな」。

妻は激高して「絶対無理だよ。私が会社に行けなくなっちゃう。バスだと乗り換えもあって遠いし不便だし疲れるよ」。それは私だって同じだ。バスと電車で行っても会社の最寄り駅から会社まで30分歩かないといけない。

「じゃあ、軽自動車を買うのはどう?通勤のためだけに使う車。ボロボロのだったら10万円で買えるんじゃない?」と提案してきたが、軽自動車だって、ガソリン代や、自動車税やら、車検があって年間、数十万円の負担になるだろう。

「そんなお金ないよ。俺の今の貯金額知ってる?80万円を切っているんだよ。しかも今月末にはさらに15万円は口座から引かれるから、貯金は60万円そこそこになるよ」。私はまた怒り口調になった。

妻は「気分が悪くなってきたから部屋に戻るね」と、リビングの戸を開け自分の部屋へと戻っていった。

妻とは顔を会わせても、大体こんな風にすぐに喧嘩をしては険悪なムードになる。我々は夫婦なのかと疑いたくなる時がある。子供を養わないといけない宿命を背負った、ただの同居人ではないか。私は将来、子供たちが成人を迎え、社会人になり、親の責任から解放された時、突然妻が離婚届を持ってくるような気がしてならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る