第36話

「ドリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「うるさい男」


 秒間数十回の音が響き渡る。


 息もつかぬという言葉がある通り、呼吸すらまともにさせてくれない。


 だが無酸素運動は慣れっこだ。


 ぶっ倒れるまでなら付き合うぜ?


「上、下、右、左……あフェイント……も、もうわけわかんないです!!」


 雫が白旗を上げる。


 どうやら少しずついつもの調子に戻ってきているな。


「なんでこんな中でも笑うんだ」

「何言ってんだ。こんな楽しい時に笑わない奴はいないだろ」


 連撃を火力で押し込む。


 相手が手数で攻めるなら、俺は力でそれを補う。


 パワーは同じでも、剣の質量やリーチも合わされば俺の方が上回る。


 逆に相手に一瞬でも攻撃の主導権を与えてしまえば、その手数で俺はやられるだろう。


 この攻撃で、確実に俺はこいつを倒す。


「それに、お前も時間がないんだろ?」

「だったら何なの?」

「まっず!!」


 剣をズラされる。


「その前にあんたを倒せば終わりでしょ!!」


 攻守が変わる。


 まずい、先程と殴り合いと違い一方的に攻撃される。


「ま、ちょ、スト」

「諦めて!!音無雫さえ殺したらそれだけでいいの!!」


 何言ってんだこいつ。


「んなもんされるくらいなら死んだ方がマシだって分かれよな!!」


 敢えて攻撃に隙を生む。


 この強者がそんな隙を見逃す筈がない。


「何のつもり」


 俺の腹に剣が突き刺さる。


「俺、オーク戦で学んだ技があるんだ」

「何を……剣が!!」

「オラ!!」


 ぶん殴ってやると、女は決して普通の人間じゃ生きられない速度で地面を何度も跳ねた。


 やはり筋肉。


 筋肉は全てを解決するのだ。


 ダメージを負わせた上にこれで攻撃の手が一本止まった。


「へへ、これで俺が二刀流だな……ゴホっ!!」


 口から血が出る。


 確かこういう時ってかなり危険な状態じゃないっけ?


 だけどまぁ


無問題ノープロブレム

「イカれてるんじゃない!!」


 女は動揺しているが、その反応懐かしいな。


 初めて芽依と手を繋いだ時と同じ反応だな。


 だが今回はあの時とは違う。


「悪いが死ぬ気はないんでね」


 俺はポケットから回復薬を取り出す。


 回復薬には漫画のような瞬間回復は出来ないが、痛みを抑える力と致命傷を避ける力がある。


 このまま勝っても俺死んじゃうからね。


 どうせなら


「生きて勝つ」

「……」


 女はまたしても低い体勢となる。


 剣が減ったところで弱くなったわけじゃない。


 むしろ俺はかなり弱体化してしまった。


 マジでこれはミスったら死ぬな。


 でも剣を奪ったことで、相手も俺の攻撃を受けきれなくなった。


「最後の警告だけど、退いてくれたりしない?」

「何度目の言葉か知らんが、お断りだ」

「……だけど音無雫はそんな顔してないけど?」


 俺は後ろを振り向かない。


 そんな隙を与える筈がない。


 だが先程から聞こえる嗚咽を漏らしたような声だけは、確かに女の言ってることが正解なのだと教えてくれた。


 だから俺は


「雫。大丈夫だ」


 俺は笑う。


 心から笑う。


 上っ面じゃない、この込み上げる気持ちは偽物なんかじゃない。


「仲間を守る。こんな素敵な場面に出逢わせてくれてありがとう」

「文……お兄さん……」

「清々しい気持ちだ。これで勝てば俺はきっと」


 大きく息を吸う。


「もっと輝ける!!」

「……死んで後悔しなさい」


 合図はない。


 だが互いにその瞬間が分かる。


「死ね!!」

「消えて」


 互いの攻撃が僅かにズレる。


 先に届いた方が勝つ。


 先に攻撃された方が死ぬ。


 そんな刹那の瞬間、地面が割れた。


「「!!!!」」


 突然現れたサウンドワーム。


 それらが襲いかかる。


 俺らの攻撃よりも速く、奴らの攻撃が命中する。


 そう判断した女は標的を変える。


 それが命取りだった


「甘いな!!」


 傷なんてクソ喰らえ!!


 ダメージなんて愛嬌なんだよ!!


 俺はサウンドワームを無視し、攻撃する。


「バカね!!先にあんたが食われておしまーー」

「残念だが、俺には仲間がいる」


 耳を裂く炸裂音が響く。


 サウンドワームが音に反応し一気に動くを止める。


 そんな状況下でも一切動揺を見せない相手には賞賛するが


「一手遅い」


 俺は剣を女に向かって突き立てる。


「……あなた……凄いわ」


 腹に突き刺さる剣。


 勝った、これでみんなは守られ


「……抜けな」

「硬化魔法。知ってる?」

「お前まさか」


 顔面に拳が突き刺さり、何度も地面を跳ね壁にぶつかる。


「……オエっ」


 女は血を吐き出す。


「大丈夫、まだいける」


 女はゆらゆらと雫に近付く。


「クッソ」


 俺は体を起こそうとするが、ダメージの蓄積と脳への衝撃で体が動かない。


「逃げ……ろ……」


 俺の声は届かない。


「安心して。せめて楽に殺してあげる」

「やめ……」


 俺の言葉は虚しく


「音無雫。恨むなら、その力を持って生まれたことを呪いなさい」

「……うるさいです。殺すならさっさと殺せです」

「……そうね」


 剣が雫へと


「……みんな」


 刺さる前に、女は動くを止める。


「友情ごっこもそこまできたら本物ね」


 雫の前には、三人が立ち並ぶ。


「殺すなら俺からだ!!」

「わ、私からよ!!」

「オイラだってやれば出来るんだな!!」


 みんな必死に、雫を守る為に立っている。


 その光景に女は憎そうに、そして羨ましそうな表情をした。


「ここで全員仲良く天国に連れて行ってもいいけど」


 女は靴を翻す。


「時間切れ」


 そのまま出口に向かって走っていった。


「に……逃げた?」


 突然の行動に疑問が浮かぶ。


 ラッキー?


 いや、そんなはずない。


 そしてこんな時の行動は


「雫!!」

「は、はいです!!」


 俺は声を荒げる。


「みんなを連れてダンジョンを出ろ」

「い、嫌です」


 雫は首を振る。


「文お兄さんも連れて行くです!!」

「やっぱりまだ何かあるんだな」


 雫は俺達には分からない何かが見えている。


 それがハッキリとは分からないが、少なくとも俺達の危機がまだ去っていないことは明白だった。


「南、太陽、翔太。雫連れて逃げろ」

「そんなこと出来るわけないでしょ!!」

「そうだ!!俺達仲間だろ!!」

「お、置いていくなんて出来ないんだな!!」

「……悪い、言い方が悪かった」


 俺は息を吐く。


「俺はもう助からねぇって言ってんだ」

「「「………」」」

「分かってんだろ。俺はどう考えても足手まといだ。太陽の足も今は役に立たん。悠太も自分で精一杯だ。南の体格じゃ、せいぜい雫と支え合うので精一杯だろ」


 皆が顔を下に向ける。


 状況は自分達が一番分かってる。


 敵は見逃したのではなく、逃げたのだ。


 今からこちらに来る何かから。


 そしてそれが、俺達を殺すと確信したからの行動。


「だから……な?分かってくれ雫」


 必死に俺の空いた腹の治療を始める雫。


「だ、大丈夫です。みんな助かるに決まってるです。僕は……僕は嘘をついたことがないですから」


 持っている包帯で血を止める。


「しょ、消毒もしないとです!!悠太、確か消毒液を持ってきてただろです。早く渡せです」


 だが、悠太は動かない。


「な、何をしてるです?は、早く文お兄さんを治して逃げるですよ?このままじゃ、間に合わなくなるますよ?」

「……雫」

「早く渡せって言ってんです!!!!」


 あまりの気迫に悠太はバックから消毒液を取り出す。


「だ、大丈夫です。文お兄さんは安心して……安心……うぅ〜」


 そして泣き出してしまう。


「なんで……なんで……どうして……」

「……」


 俺はどうすればいいのだろうか。


 死にゆく俺が、彼女に残せるものはなんだろうか。


 このままでは一生この子はこの日を呪い続ける。


 そんな日々を、笑顔の素敵なこの子に送って欲しくない。


 嫌だ。


 そんなこと絶対に嫌だ。


 死にたくない。


 俺はまだ、こんな場所で死ぬわけにはいかない。


「……逃げるぞ」

「……?」

「やっぱり俺、まだ死にたくねぇ」


 立ちあがろうとする俺に肩を貸す雫。


「やっぱり文お兄さんは……王子様みたいなのです」

「なら称号は泥臭王子だ。最後までダサい姿で逃げ切ってやる」


 そしてそんな俺達を嘲笑うように


「……来たです」


 奥の方から聞こえてくる音。


「あれは……サウンドワームか」


 その数、およそ数百。


 おそらく奥の方にもっと存在するのだろう。


「逃げられるか?」

「多分無理です」

「だよな」


 でも足掻くって決めたんだ。


「雫。俺みんなのこと大好きだ」

「……僕も、文お兄さんのこと大好きです」

「……そっか」


 あぁ、死にたくない。


 死にたくねぇよ。


 こんな、こんな最高の仲間に出会った日が終わりなんて嫌だ。


 絶対生きたい。


 絶対死にたくない。


 絶対に死なせたくない。


 だから


「あぁ……やっぱり」


 こういう時、いつだって俺の前には


「今の清、私好きだよ」


 ヒーローがいてくれるのだ。


「芽依」

「ボロボロ。帰ったらしばらく家から出さないから」

「こんな時にお説教かよ」

「え、あ、あの、後ろ、後ろ来てるです!!それにどこから来たです!!」

「壁を突き破って」


 芽依が視線を向けると、壁に巨大な穴が空いていた。


「清の声がしたから、急いで来た」

「ありがとう芽依」


 俺の意識は朦朧とし出す。


 緊張の糸が切れたのだ。


「後……頼んでいいか?」

「うん」


 芽依は優しく俺の顔に手を添える。


 普段と違い、どこか元気を与える手だった。


「お休み、清」


 俺は目を瞑る瞬間に見た景色は


「消えろ害虫共」


 全てを塵へと変える少女の姿だった。

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軽く厨二病を患ったので、呪われた少女を救ってみようと思う @NEET0Tk

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