14湯目 飛騨ロードレース開催

「勝負?」

 もちろん、というか予想通り、この言葉に露骨に「食いついた」のは、元ポケバイレーサーの花音ちゃんだった。


 しかも、この鳥居巴という子と、花音ちゃんは同学年の高校1年生だから、なおさら遠慮がないというか、元々持っている「勝負根性」に火が点いたらしい。


「そうです」

「ダメよ、ダメダメ」

 真っ先に反対したのは、やっぱり予想通りに琴葉先輩だった。


「まあまあ、琴葉」

「そうだぞ、琴葉。あまりお堅いと男にモテないぞ」

 すかさずフィオとまどか先輩が反応する。


「モテる、モテないの問題じゃないの。公道でレースなんて危ないでしょ」

 まあ、彼女の言うことは、間違いなく「正論」なんだが、せっかくだから、私は勝負を見てみたい気がするのだった。


 なので、妥協案を提案してみることにしたのだ。

「それなら、こういうのはどうでしょう?」

 私が提案したのは、以下のような「ルール」だった。


・公道の制限速度+20キロを守ること。

・どちらかがスピード違反で警察に捕まったら、そこでレース終了。

・どちらかが事故に遭っても、レース終了。

・信号機、工事などに伴う交通ルールは守ること。

・高速道路は使用不可。

・途中に休憩ポイントを最低1か所は作ること。


 妥協できるポイントがそこだったから、提示したら、琴葉先輩は、難しい顔をしながらも、


「うーん。まあ、しょうがないわね」

 と納得してくれるのだった。


 だが、

「私はいいですよ」

 鳥居さんが頷くが、花音ちゃんは、


「この+20キロってのが気に入らないんですが。せっかく流れがよく、走りやすそうな道なのに。せめて+30キロ」

 と面白くなさそうな目つきを向けて、琴葉先輩に真顔で訴えるも、


「ダメ」

 と、冷たく一蹴されてしまう。


「なら、せめて+25キロ!」

「ダメったら、ダメ」


 まるで、個人商店の八百屋に、野菜でも値切るかのような、真剣なやりとりが、私にはかえって面白おかしく思えた。

「ケチですね」

「そういう問題じゃないの」


 花音ちゃんの深い溜め息が、静かな山間に響き渡った。

「はあ。しょうがないですね。まあ、いいでしょう。スピード勝負で、この私が負けるなんてありえないですし」


「そんなこと言っていいのかな」

 声をかけたのは、相手側の3年生、馬籠正美という名の彼女だった。


「えっ」

「巴は速いよ。お父さんがレーサーだから」


「それは私も同じです」

 花音ちゃんの反応に、


「えっ。マジですか?」

 今度は鳥居さんが反応する。


 そこからは、驚くべき展開というか、そのまま風呂から上がった両者は、着替えるとすぐに、共に携帯電話を持ち、それぞれの父親に電話していた。ある意味、こういうところがバイク乗りらしいというか、フットワークが軽い。


 しかも、互いに確認したところ、二人の父は、実際にサーキットで戦ったことがあることがわかった。勝敗は、花音ちゃんの父親の方が5勝6敗で負けていた。


「面白い。父の無念を娘が晴らすというわけね。これは絶対負けられない」

 もう、花音ちゃんの瞳の色は、真っ赤な闘志に燃え滾っているように見えるくらいに、輝いていた。


「その言葉、そっくりそのまま返します。飛騨出身ライダーとして」

 結局、レースは開催されることになり、私たちは日帰り温泉施設を出る。


 予想通り、外にあった、カワサキ エリミネーターと、ヤマハ MT-25は彼女たちが乗ってきたバイクで、エリミネーターが馬籠さん、MT-25が鳥居さんの物だった。


 言い出しっぺの馬籠さんがコースを説明するが、実はそれが驚くべき内容だった。


 コースは、ここ平湯インターチェンジ交差点から、国道158号を走り、高山市街を抜けて、御母衣ダムの左岸を回り、白川郷付近から国道360号に入り、国道471号、国道41号を通って、再び国道471号を通って、このスタート地点に戻る。

 総延長約200キロを越える、長大なコースで通常なら4時間以上はかかる。


 そして、このコース自体が「飛騨地方」を一周するようなルートでもあったし、市街地と言えるのは、高山市周辺だけなので、非常に流れが速いルートでもあった。


 おまけに、このコースは事前に私が花音ちゃんに聞いた時、彼女が回りたいと言っていたコースにも見事に合致していた。


 勝負は、もちろん花音ちゃんと、鳥居さんの1対1で行われることになり、私たちはゆっくりと後を追うのことになるのだが。


 どっちが勝ったかを公平に判断するため、両者には、馬籠さんから小型のハンディビデオカメラのようなものが手渡された。


 どうやら、元々部活動で使う代物で、部費で買ったらしい。

 我が部と違って、金銭面で優れていることに、若干の悔しさを私は感じていたが。


 ついでに、馬籠さんだけは途中まで私たちに同行するが、引き返してゴール地点で、両者を待つということだった。


 これだけ万全を期せば、確かにレースとしては健全だし、勝敗もわかりやすいだろう。


 二人で地図を見て決めた結果、休憩ポイントはたったの一か所のみ。


 国道158号線。御母衣ダムを抜けた先にある、旧遠山家住宅という、合掌造りの歴史的建造物の前だった。


 山国、飛騨を舞台にした、長大なレースが今、スタートする。

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