13湯目 平湯温泉での出逢い
私たちは、花音ちゃんがアニメで見たという「聖地」の日帰り温泉にやって来た。
そこは、長野県側の国道158号から、安房トンネルを越えて岐阜県に入ってすぐのところにある、日帰り温泉施設だった。
気になったのは、私たち以外に2台のバイクが、先客として来ていたことだ。
見たところ、1台はカワサキのバイクで、ネイキッドタイプの古いバイク。もっとも私は、そのバイクの名前は知らなかったが。
もう1台は、ヤマハのバイクで、フロントが少し「昆虫」みたいにも見える、不思議なバイクで、こちらも私は名前を知らなかった。
珍しいと思って見ていたら。
「おっ。エリミネーターじゃねえか。しかも400。なかなか渋いバイクに乗ってんな」
まどか先輩が反応していた。
「こっちは、ヤマハのMT-25ね。まどか。一応、ヤマハ乗りなんだから、こっちに先に反応しなよ」
琴葉先輩に鋭く突っ込まれたまどか先輩は笑っていたが。
結局、温泉に入る前に、まどか先輩の「エリミネーター講座」が始まっていた。
彼女に言わせると。
エリミネーターは、元々ハーレーダビッドソンのようなクルーザータイプとは違い、ドラッグレーザータイプをコンセプトに開発され、中でもこのエリミネーター400は1986年~1993年までの短い期間にしか発売されなかったという。
ただし、ZL400タイプの最終型が1993年発売なのに対し、仕様の異なるZL400-D1は1994年、ZL400-D2は1995年まで発売されたそうだ。
先程見たのは、そのうち、ZL400という古いタイプで、今では珍しい個体という。
私には、さっぱり違いがわからなかったが。
「あなた。仮にもヤマハのSR400に乗ってるのに、何でそんなにカワサキのバイクに詳しいのよ」
脱衣所でも会話が続いており、琴葉先輩が服を脱ぎながら声をかけると、まどか先輩は気まずそうな表情で、
「いや。SR400はもちろん好きだし、爺さんから譲ってもらった物だから大切にはしてるけどな。実はカワサキのバイクにも乗りたくて、色々調べたんだ」
と言っていた。
ウチの同好会には、カワサキ乗りがいないから、これはこれで貴重な体験でもあったが。
ここの温泉は、実に「素晴らしい」の一言に尽きた。
温泉に対する「説明書き」があったので、わざわざ琴葉先輩に聞くまでもなかったが。
2つの源泉から溢れる、かけ流しの温泉で、一般的な効能の他、切り傷、慢性皮膚病、動脈硬化症、高血圧症、糖尿病などに効くという。
さらにすごかったのが、露天風呂が全部で16種類もあることだった。
男湯に7個、女湯に9個。つまり、女性の方が優遇されている辺りも面白かった。
その9つもある露天風呂の多くが、大自然に囲まれた中にある。
一種の森林浴をしながら入ることが出来るような「秘湯」に近い雰囲気が感じられるし、湯温もまたちょうどいいくらいだった。
様々な露天風呂を回りながら、私たち5人はこの旅での目的や、そしてさっき見たバイクのことなどについて話していた。
その時だ。
「君たちもバイク乗り?」
ちょうど風呂に入っていると、正面にいた女性が声をかけてきた。恐らく私たちの会話が耳に入ったのだろう。
ロングの黒髪を持ち、明るくて親しみやすそうな笑顔が印象的な、人の良さそうな女性で、年齢は10代後半くらい。つまり私たちと同年代に見えた。
「はい」
「へえ。私たちもなんだ。珍しいわね。若い女性のバイク乗りは」
と言っていたが、私は気になる点があった。
(私たち?)
見たところ、彼女は「一人」だったからだ。
もしかして、この子、ヤバい子なのか。私たちに見えない物でも見えているのか、と一瞬疑ったが、すぐにわかった。
「……」
無口で、不愛想な、それこそ花音ちゃんみたいな、背の小さな子が、彼女の背中に隠れるようにいたことに。
どうやら、お湯の中に顔どころか、頭のてっぺん近くまで浸かって潜っていたようだった。ようやく浮かび上がってきており、つまり水面にまるで海坊主のように頭だけ出していたわけだ。
「ああ。ごめんごめん。私は、
紹介された、鳥居巴と呼ばれた、件の「海坊主」女は、ショートカットの、男の子のような頭をわずかに向け、小さく会釈だけかわしてきた。
やっぱりどこか、花音ちゃんに似た雰囲気がある。それよりこの馬籠さんが「ツーリング部」と言ったのが気になったが。
「あたしたちは……」
代表して、まどか先輩が私たち5人の紹介をしてくれたのだが、向こうはびっくりしたように、声を上げた。
「へえ。それじゃわざわざ山梨県から。ツーリング部の部活動か何かかな?」
さすがに向こうは、地元の高校生だと思ったらしい。県外、それも隣県ではなく、山梨県からわざわざここまで来たことに驚いたようだったが。
「いや、まあ。ツーリング部じゃないんだけどな。そんな感じ」
まどか先輩が答えを返すが、ここで、意外な声がかかる。
「ツーリング部じゃないんだったら、何なんですか?」
「こら、巴。失礼だぞ」
馬籠と呼ばれた彼女に、海坊主女はそのぶしつけな言い方をたしなめられるが、まどか先輩は、手を振った。
「気にしなくていいよ。温泉ツーリング同好会だ」
「温泉ツーリング同好会?」
琴葉先輩が代わりに、主旨を説明する。
しかし、その鳥居巴と呼ばれた少女は、どうにも不穏な空気を纏っているというか、不機嫌そうに、表情を変えなかった。
「マジですか? ただ遊んでるだけの同好会なのに、部活動として持つんですか? 普通、何か目に見える『成果』を出さないと、部活動として、認められなくないですか?」
物言いは、多少トゲがあるように思えるが、彼女の言いたいことは的を射ていた。
普通に考えて「何も成果がない」私たちは、おかしいのだと。
その辺りについては、まどか先輩が「部じゃない」とか「同好会だから」と言い訳じみたことを言って反論していたが、正直説得力はないだろう。
そもそも、何でこんな「遊んでる」だけの同好会が存在しているのか、が実はこの同好会の最大の「謎」とも言えるが、これは後に理由が判明することになる。
だが、逆に言えば、彼女たちが所属しているという、その「ツーリング部」は何らかの成果を出しているということだろう。
気になって、
「あなたたちは、何か成果を残してるんですか?」
ストレートに聞いてみたら、その不機嫌そうな鳥居さんが説明してくれるのだった。
一応、二輪車安全運転全国大会に参加して、そこでの順位を学校側に報告したり、あるいは旅先のレポートを提出しているという。
(なるほど。一理ある。普通はそういうものだよね)
私が、そう不思議に思い、考え込んでいると、またも意外すぎる声が彼女の口から響いてきた。
「じゃあ、せっかくですから、私たちと『勝負』してみませんか?」
そう、この鳥居巴さんの放った「勝負」という一言が、この温泉ツーリングの体験自体を、ダイナミックに「変化」させるきっかけになったのだ。
岐阜県を舞台に、我が同好会としては、初めての「勝負」が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます