12湯目 岐阜県突入

 こうして、次の土日に1泊2日で、岐阜県ツーリングに行くことになった、私たち。

 泊りがけでツーリングに行くのは、私自身、初めてだったから、楽しみにしつつも、天気予報を注視していた。


 6月といえば、「梅雨」。

 しかも、運が悪いことに、その年の梅雨入りは、少し早いらしく、ツーリングに行く2日間の間、甲信越から中部地方の天気は、概ね曇り時々雨という予報だったが、本格的な梅雨入りはもう少し先という予報だった。


 しかし、少しずつ暑くなってきたこの時期。

 標高が高い、飛騨高山に行くのには、非常にいい時期ではあった。


 なお、ルートとしては、塩山駅近くのいつものコンビニから出発し、中央自動車道と長野自動車道を使い、松本インターチェンジで降りて、後は国道158号をひたすら登り、上高地を越えて、安房あぼう峠を抜けて、岐阜県入り。


 その日は、安房トンネルを抜けた先にある奥飛騨温泉郷の宿で一泊するが、その辺りに「平湯ひらゆ温泉」という温泉があると、琴葉先輩が知っていたため、そこが今回のメインになるだろうと思われた。


 もっとも、花音ちゃんに、ツーリングとして、岐阜県のどこに行きたいかと聞いたら、

「私はその平湯から高山を越えて、御母衣みぼろダムを回って、白川郷を通り、ぐるっと一回りしたいですね」

 随分と具体的なプランを提案してきた。


 彼女は、よほどそのアニメに影響を受けたのだろう。その辺りに、アニメに出てきたいわゆる「聖地」があるらしく、その辺を巡りたいと言ったいた。


 こうして、岐阜県行きが決まるものの、せっかく岐阜県に行くのに、有名な「下呂げろ温泉」には行かないのだった。

 いくら一泊するとはいえ、高山から下呂温泉までは距離が遠く、その分、そちらに寄ると時間を取られ、帰りが遅くなるからだ。


 なお、宿に関しては、フィオが行きたい宿があるらしく、ネットから予約してくれたのだった。

 さらに彼女は往復の高速代も出してくれたが、食費だけは自分たちで出すことになり、さすがに申し訳ないので、私たちでフィオの食事も奢ることになった。


 いつも通り、塩山駅前のコンビニで待ち合わせたが。

 ある意味、いつも通り。私が着いた時には、生真面目な琴葉先輩はもう来ていた。

 彼女は、黒いライダースジャケットに、チノパン、ブーツ姿。そして、愛車のVストローム250には、普段は見ないサイドバッグを装着してきていた。


 ハードタイプだが、少し小振りのハードシェルタイプのケース。

「琴葉先輩。おはようございます。すごいケースですね」

 普段から常にリアボックスを装着している彼女だが、初めて見るサイドケースに私が関心を示すと、彼女は照れ臭そうに、


「おはよう、大田さん。私はいらないって言ったんだけどね。父が妙に心配して色々と持たせたのよ」

 とは言っていたが、警察官の父親らしいから、娘のことが心配なのだろう、ましてや彼女の家は父子家庭だから尚更だ。


 その直後にやって来たのが、花音ちゃんだった。

 いつものように颯爽と真新しいCBR250RRに乗り、黒い上下のライダースーツを着て、まるでこれからサーキットにでも行くような格好の彼女は、フルフェイスヘルメットを脱ぐと、バイクから足を降ろした。荷物は少なく、背中にリュックを背負っていた。


「おはようございます」

「おはよう」

 しかし、相変わらず、不機嫌な猫のように、目を細めて眠そうに見える。

 その様子がおかしかったから、私が思わず笑っていたら、


「何ですか、瑠美先輩」

「別に何でもないよ」

 軽く睨まれてしまった。


「ちーっす」

「おはよー」

 続いて、銀色に輝くSR400と、深紅に輝くドゥカティ モンスターがコンビニ駐車場に入ってきて、二人が挨拶をしてきた。


 まどか先輩は、シートバッグとタンクバッグを装着。フィオは、ソフトタイプのリアケースを装着して来ていた。

 服装は、まどか先輩は、いわゆるフライトジャケットと呼ばれる、飛行機乗りが使うジャケット。まるで空軍か航空自衛隊のパイロットのような、緑色のミリタリージャケットタイプに見えた。それにブルージーンズ。


 フィオは、いつものように、深紅のライダースジャケット姿に、下は彼女がよく使う黒いレザーパンツだった。


 5人が揃った。

 いざ出発となったものの。


 やはりというべきか、今回の旅で一番張り切り、内心楽しみにしていたと思われる、花音ちゃんが自ら先頭を切り、フィオ、まどか先輩、私、最後に琴葉先輩と続いた。


 だが、最寄りのインターチェンジである勝沼インターチェンジに着く前から、もうすでに「差」が開いていた。


―グォオオーン!―

―クゥイイーーン!―


 CBR250RRの水冷2気筒のエンジン音、同じく水冷2気筒ながら、Lツインと呼ばれるエンジンフレームを有する、独特のエンジンを響かせるモンスターの共演。

 というより、フルーツラインと呼ばれる広域農道を走っている時から、すでに二人はサーキットを走るようにかっ飛ばしていた。


 さらに、勝沼インターチェンジから中央自動車道に乗ると、さらに両者は加速。

 あっという間に差が開いていった。


(やっぱり、あの二人、似てるのかな)

 とは思いつつも、私は一定の速度を保ち、後ろの琴葉先輩は相変わらず、警察官みたいに慎重な運転だった。

 前のまどか先輩も、今日は比較的穏やかなスピード域のようだった。


 目指す地は、長野県のさらに先にある、自然に囲まれた地、岐阜県。


 だが、早くも試練が待っているのだった。


 中央自動車道、甲府南インターチェンジ付近。突如振り出した雨は、雨脚を増して、あっという間に黒い雲が辺りを覆い尽くし、土砂降りに近い大雨になっていた。


 最近の雨は、こういう、予測がつかないような、ゲリラ豪雨が多い。


 しかも運が悪いことに、パーキングエリアやサービスエリアが、ちょうどついさっき境川パーキングエリアを通過したところで、しばらくはなかった。


 先頭を走る花音ちゃんは、雨での走行には慣れているように見えたが、それでもやはり通常よりは速度を落として、走行。同じくフィオも速度を落としており、私たちは雨中の中、互いの距離を詰めて、慎重に進んだ。


 およそ20分ほどで、双葉サービスエリアに到着。


「すごい土砂降りですね」

「まずはカッパだ」

「カッパ、カッパ」

 私、まどか先輩、フィオが慌ただしく、それぞれのカッパを用意する中、琴葉先輩と花音ちゃんは、冷静にカッパを用意して、素早く、自衛隊員のように着ていた。


 しばらくここで雨が止むのを待つ予定だったが、一向に止まない予報のため、雨雲レーダーを見て雨脚が弱まった、30分後に出発。


 途中、1時間くらいは雨が降り続いていたが、諏訪湖サービスエリアを過ぎた辺りから、徐々に雨脚は弱まり、目的の松本インターチェンジまで結局、私たちはカッパを着たまま走るが。


 松本インターチェンジを降りてからが、別の問題が起こり、大変になるのだった。

 インターチェンジを降りて最初のコンビニで、休憩がてらそれぞれのカッパを脱ぐ。


 なんだかんだで、フィオの言う通り、「案ずるより産むがやすし」だったのか、雨はほとんど上がっており、雲の切れ目から、細い太陽の筋が顔を出していた。


 しかし。

(うーん。流れが悪い……)

 その日は、土曜日。つまり、多くの人間が「休み」。季節は本格的な梅雨前のちょうどいい時期。


 つまり、「行楽」目的の自家用車、観光バスで、道路はごった返して、渋滞を作っていた。


 おまけに、松本市から上高地を越えて、その先の岐阜県に行くルートは、この国道158号がメインだったし、1車線しかない。

 一応、脇道として、県道もあるにはあるが、あまり快適な道とは言えず、そっちを迂回する人間は少ない。


 結局、ダラダラと長い渋滞にハマった私たちは、想定していた2時間半をはるかに上回る4時間以上を費やし、昼頃にようやく平湯温泉に着いた時には、すっかり疲れきっていたのだった。


 だが、ひとたび、長野県の山を越え、初めてこの「岐阜県」に足を踏み入れた私は、軽く感動を覚えていた。


(空気が美味しい! 緑が綺麗!)

 そう。

 辺りにあるのは、ほとんどが「山」。人口の建造物は、宿か温泉施設しかない。ここには、コンビニもないし、スーパーもない。


 新緑に彩られた山の上は、空気が澄んでおり、そして辺り一面の濃い緑色が周囲を取り囲み、緑のトンネルをくぐる、森林浴に来ているような気分になる。おまけにここは標高が高く、それほど暑くもない。


 都会では決して味わえない、これが本当の生の自然。


 同じように感動しているようだった、花音ちゃんは、喜び勇んで、お目当ての日帰り温泉に行くのだった。


 そう。この旅では珍しく、彼女が先頭に立って、日帰り温泉に向かったのだ。部員として、それはそれで嬉しいことだったが、温泉にはさほど興味がない彼女にしては珍しいと思ったら、案の定、そこは彼女が見たという「アニメ」の聖地だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る