第24話『2回目のさよなら』

 2回目の世界の終わりは突然やってきた。


 大きめの戦闘があった次の日の夜、同じかそれ以上の戦力を引き連れて、政府側がこの塔に向かってきているとの情報が入ったのだ。昨日の戦闘の疲れが残っているところを畳み掛けて、こちら側を潰す気らしい。


 事実、疲れは残っているし、武器や弾薬等の補充もできていない。

 こちら側が圧倒的に劣勢なのが現実である。


 司令室のテーブルには全員が揃い、眼下のテーブルには9個の通信機が置かれている。


 モニターに映る景色は暗く、嵐の前の静けさが辺りを包み込む。テーブル囲む彼らはそれぞれ疲れきった顔で、血のにじむガーゼや包帯を巻き、白かった服は煤や土で汚れて、裾は引っ掛けて破けている。


「なぁ、戦うのはこれで最後にしないか」


 そんな彼らを見てか、元々決めていたのか、シノはそう言った。

 それに誰かが、どうしてだと噛み付いた。


「武器も弾薬も底をついた。お前らだって、怪我をしている。そこまでして、この塔を守りたいのはなんでだ」


 誰も何も言わなかった。それを見ると再び、シノが口を開く。


「本当に守りたいのは仲間なんじゃないの?逃げて、生きて、この世界の何処か。俺らのことを知らないどこかで、また暮らせばいいじゃない」


 その言葉は核心を突いたのか、司令室を沈黙が包み込んだ。


「……それでもどっちも守りたいってのは、欲張りですか」


 欲張りだと言われても諦めませんけどね、とセナの声が響く。


「欲張りじゃない。難しいのは事実だけど」


 嫌いじゃないよお前らのそういう所、とシノは1人ずつに通信機を渡しながら言った。


「本当にやばかったら、死ぬぐらいなら、逃げろよ」



 生きろ。



  シノがそう言ったのを最後に、各人持ち場に散っていった。




 司令室に残ったのは、イオリ、シノ、レイとリツ。

 しばらくして壁に持たれて座り込んでいたリツが、口を開いた。


「シノ、」

「ん?」

「今日はブースト材、使わないで。全部見たいから」

「……リツがどうなろうが、泣こうが、叫ぼうが、構ってられないぞ」


 変わる戦況、飛び交う怒号と銃弾。怪我をしていくかもしれない仲間の様子。痛み。苦しみ。全ての情報が流れ込んだ最後、彼がどうなるかは予想ができない。


「みんなに守ってもらってばかりでは居られない。……覚えておくことしか、俺にはできないから」


 そして、全てのモニターが見える位置に椅子を持ってきて座った。

 歯ぁ食いしばって見てろ、とシノは受け入れたようだ。



「そっか、……リツ、見ることを選んだんだ」


 リツが全て見ることを選んだ、とシノから通信が入った時、サクはなんとも言えない気持ちに包まれていた。見せたくなかった自分の気持ち、最後だから覚えておきたいリツの気持ち。どっちも尊重したくて、どっちも間違っていなかったから。


「死ななきゃいいってこと、だ」


 簡単だ。悪い記憶にしなければいい。戦い終わって、笑顔で迎えに行こう。

 そうしたら、まだいい記憶のままで覚えてもらえる。


 そうとなれば早く終わらせないと。

 リツ、僕は生きてるよ、と迎えに行かないと。


 待っててね、というサクの声は夜の風が攫っていった。




(守りたいのは塔じゃなくて、仲間だろ)


 夜の暗闇に存在を溶かし、スコープの先に政府の軍が見えるのを屋上で狙っていたナギの脳裏に、先程のシノの言葉がリフレインしていた。


 濃紺の空には、白い小さな煌めきが散らばる。音は一切しない。

 まるで何かに吸い取られたかのようで、不気味だった。


 シノさ、とヒイロの声がした。音が無いせいか、呼びかけられた声がやけに響いて聞こえた。


「うん」

「たまに核心ついてくるよね」

「さっきの言葉?」

「うん」


 隣の相方も、同じ言葉が頭の中に浮かんでいたようだ。


「塔は、住処だから守っているようなもんだもんな」

「まぁ、大切なものではあるけども」


 地下室にも大切な仲間がいる。俺らよりも遠くで、政府軍と対峙すると出かけて行った。


「みんなで、この世界の何処かで戦わなくても生きていける未来、想像しちゃった」


 いいなという言葉では語り尽くせないくらい、羨ましい未来だった。

 なんで戦わないといけないのだろう、と今を恨むくらいに。


「……想像で終わらせるの?」

「え?」


 ヒイロの発言にスコープから、彼の顔に視線が移った。

 ヒイロはスコープを覗いたまま言葉を続ける。


「その未来を想像で終わらせないための戦いでしょ。終わらせて皆で生きて暮らすんだよ。誰にも干渉されずに」

「……そうね。そうだったわ」


 ヒイロのその言葉は、ナギが見失いかけていた、戦う理由を思い出させてくれた。


「……来たよ」

「おう」


 ナギはひとつ息を吐き出してから、銃を構え直し、スコープの先を睨みつけた。




 闇の中にいくら兵士を飲み込んでも終わらない戦いに、セナは焦りだしていた。


 複製数にもそろそろ限界が見えだしてしまった。このまま戦い続ければ、自分が負ける。打開策を見出そうにも、考える暇を与えないくらい兵士が押し寄せてくる。それが次の焦りを連れてくる。負の連鎖が続くばかり。半ば投げやりに、目の前の兵士にナイフを突き刺した。


 どうして俺が、俺らが、戦わないといけない。

 なにか悪いことでもしたか?普通に生きているだけじゃないか。


 能力のせいか?

 他の人と違うからか?

 大多数の正解に当てはまらないからか?


 能力なんてくれてやる。欲しくて手に入れたわけじゃない。

 こっちだって、能力のせいで人生を狂わされているんだ。


 誰を、何を、恨めばいい?

 能力か?

 能力を持つことから逃げられなかった俺か?

 能力を与えた誰か、か?


 誰か答えろよ。

 正解を教えてくれよ。


「セナ、落ち着き。もうそいつは死んどるよ」


 闇の中に響いたカエデの声に、血まみれになったそいつの胸ぐらを離した。それでもまだ怒りは収まらない。どす黒い感情が、次から次にどんどんと湧いてきて飲まれそうだ。いっそ飲まれてしまった方が楽かもしれない。自我を手放すことが出来そうだから。


「そんな感情に飲まれたって、なんもいい事ない」

「でも、」


 どっちも守るなどと言っておきながら、勝ち目が見えなくなっているのも事実であった。


「策はある。大丈夫。きっと勝てる。何も考えなくていい。セナはそれ以上、沈まないことだけを考えとって」


 な?と相方に後押しされると、高ぶっていた気持ちがずっと落ち着くのがわかった。


 まだ終わってない。諦めない。

 もうすぐ、もうすぐでみんなに会える。


 セナは、一瞬だけ俯いて気持ちを切り替えると、目の前の兵士にナイフを向けた。




 司令室から出してもらえたレイは、シノの指示に従って荒野を走っていた。とっくに空の色は変わっていて、太陽が白く照り付ける。痛いくらいの青い空が憎い。


 走っている最中、何人かの兵士にすれ違った。どうやら全方向に兵士を散りばめて、真ん中の塔に向かっていくように指示を出しているらしい。


 戦いの様子は教えて貰えない。どちらが優勢かも分からない。

 全て終わった時、またみんなに会えるのか、もう願うしか方法がない。


 同じ未来は繰り返したくない。


 それだけを胸に、出来ることをやるしかない。


「……」


 手に持っていた通信機にノイズが走る。


「シノさん?」


「……たす、あえ……」

「え?」

「ま……すぐあ……る」


 シノからの通信は、ノイズが酷すぎて聞き取れない。


「もういっか、」


 もういっかい、と通信機に言おうとしたのに、最後まで言えなかった。



 自分の背後。遠くで、爆発音がしたから。




 振り向けば真ん中にそびえ立つ塔が、真ん中からくの字に折れて倒れるところだった。


 

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