第11話『アカス』

 どこかに横たわれた状態で、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


 ぼやけた視界の中、チャキチャキとガラス同士が摺れる音がして、ツンとした薬品のような香りが、遠くで手を振る。


 1番に目に入ってきたのは棚。濃い茶色の瓶が沢山詰められた棚。

 瓶には色褪せたラベルが貼られる。


 いつの間にか体は、周りをよく見ようと起きていた。自分が今どこにいるのか考えるヒントを1つでも多く集める必要があった。国内で能力者殺しが起きた以上、国内から逃げられていないもしくは政府に見つかったのであれば、自身の命が危ないからだ。


 白いシーツのかけられたベッド。まだ伸びたままの足にかかる、くしゃくしゃの毛布。棚の色は白。壁の色も白。天井も床も白。どこを見渡しても白。


「……なんや、ここ」


 感じた無機質感に気味が悪くて、小さく言葉が飛び出た。



「起きた?」


 と、声の方を向けば白衣をまとった誰かがこちらを覗き込む。細いフレームの眼鏡をかけ、レンズの奥の瞳から、好奇心が漏れている。


「君は「支配」」


 その先に続く言葉がなんだったのか、興味はない。メガネの人は、出なくなった自分の声に驚き、なんでだと喉を摩ってみていた。


 そんなことしても声は出ないのに、とカエデはベッドに座ったまま彼を眺める。


「おい、」


 さっきとは違う声。若干の怒りが滲む。

 振り向けば、その人も白衣をまとい、向けられる鋭い視線には殺意さえ込められている。


「何をした」

「奪っただけです、」

「何を、」

「あの人の声」

「返せ」

「返すも何も、時間が経てば声は戻ってきます。支配できるのは、一時的なので」


 それでは、と乗せられていたベッドから降りようとした。

 降りている時に掛けられた言葉は、俺の動きを止める。


「拡声、じゃなかったのか」


 スカーフの下、シルシを見られたらしい。


 言いふらされては困る。知り合いのように殺されるかもしれない。

 メガネの人にかけた力を(支配)から(強奪)に変更しようとした時、


「なぁ、強くなりたくないか?」


 と、その人は言う。



「……えらい術をかけてくれたねぇ」


 メガネの人の声が戻った。メガネの奥の目がこちらに向けるのは、ピッと鋭い視線。

 てっきり、拡声だと思って油断してた。と、ふっと笑う。


「その人拡声のシルシ、誰の?」

「……大切な人」


 今はもう居ない、と続けそうになって慌てて唇を噛み言葉を殺した。


 さよならも言えなかったその人との別れは、突然のことであった。

 前の日に会って、次の日に知人から「彼は政府に殺された」と教えてもらって、そのままの足で逃げだしてきた。彼の分も生きるために。


「君どこから来たの?」

「西の地域」


 ふーんと、品定めするようにつま先から頭のてっぺんまで、ゆっくりとメガネの人の視線が上がっていく。



「……俺の事、殺す?」


 どこから来たかと聞かれたということは、あの国から逃げ出すことに成功したということだ。安心からか、ずっと思っていたことがポロリと口から落ちた。脳裏に浮かぶのは、彼の姿。


「……殺さない。俺も彼もここにいる人間は、みんな能力持ちだ。君を殺すなら、俺らも殺し合うことになるだろ」


 何言ってんだ、という風にメガネの人は答えてみせる。


「強くしてくれるん?」


 先程そう言った白衣の人に声をかければ、


「あぁ、その代わり、お前の能力について教えろ」


 と、返ってきた。



「……人の声を奪うことが出来る。(強奪)なら永久的に。(支配)なら一時的に」

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