第10話『ゴウダツ ト シハイ』

 人は何かしらの(役)を演じているという。


 それが本当ならば、目の前で膝をつき命拾いを乞うこの男も、なにかの役割を演じていたことになるし、俺も無意識に何かを演じていることになる。


 この男の役はなんだろう。


 兵士の服を着たこの男。あっているか分からない正義を振りかざした結果、そこら辺の孤児に逆に命を狩られようとしている、情けない兵士役か。本心から命乞いをしているのか、隙を見て俺に反撃をしようとしているのか。


 瞳の中にまだ残る闘争心が見えた。後者とみた。

 男の額に突きつけた銃口に力を入れて、抉る。


「助けてくれ。どうか、命だけは!」

「嘘やろ、」

「嘘なんかじゃな、《強奪》」


 男が言い切る前に、自分の言葉を重ねた。


 強奪。


 そういえば、この男は今後一切話すことが出来ない。なぜなら声を奪ったから。

 おまけにと、額に1発鉛玉をぶち込んだ。


 顔から崩れていく男。使えそうなものはと、持ち物を漁る。

 そうしている間も、頭の中では先程奪った男の声で罵詈雑言が止まらない。


「まっずい言葉や」


 オレンジのスカーフで隠す口元の下、口の端が歪んだ。



 少年は急いでいた。早急に、この国から脱出しなければならなかった。


 草木もほとんど生えない、この大陸の国境付近のかわいた大地をひた走る。同じでないことを嫌うこの国の主は、大多数の正解から逸れたものを次々と処刑していた。


 ついにこの身にも危険が迫ってきた。

 隣町の能力持ちが殺されたという。


 先程、兵士から奪った拳銃を腰に提げ、国境にはられたフェンスが破れた少しの隙間に、小さな体を滑らせた。



 隣の国に入ったら、赤札を貰いなさい。

 そしたら運良く誰かが助けてくれるから。


 処刑された知り合いの最後の言葉。


 その赤札が何を意味するか、それを知る必要はなかった。

 道路の隅で寝ていれば、いつの間にか赤い札が首に掛かっていたから。


 自分は誰かに拾われるのだろうか。


 今日も道の硬さを背中に受け、濃紺に染まる空にチラチラと光る星を眺めていた。

 こっちに来てから、どのくらい経ったかなんて知らない。


 ただ、自分の命が消えそうなこと。

 それだけは分かる。


 自分は生きたいのだろうか。

 生きていいのだろうか。


 みなが求める大多数の正解とは違う、この自分が。



「……あの子、口元にオレンジの布巻いてる」


 珍しく夜にバンを走らせていた2人は、ベッドライトが照らした先に見えたオレンジ色に目を奪われていた。


「シノ見てきて」

「はいよ、」


 シノは車を降りてその子の元に向かう。首から下がるのは赤札。

だが、彼の服装はこの辺りでは見ないもので、どこからか流れてきたと判断した。


「おぉ、」


 出来心を纏った指先がめくったスカーフの先、シノは目を光らせる。

 そして、連れて帰ることを即決した。


 イオリに降りてくるようにいえば、面倒くさがりながらも降りてシノの隣にしゃがんだ。そして、スカーフの下に現れていたものに、目付きを変えた。


「……拡声器のマーク、」

「シルシ持ちだよ、」


 連れて帰ろうなど言葉にしなくとも、次には彼を抱えて車へと戻っていった。


 用済みになりちぎられた赤札が、夜風に遊ばれる。そしてどこかに消えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る