第12話『カイカ』

「おお、リツ」


 深夜、塔の廊下にただ一人。

 裸足で踏む床。足音がヒタヒタとついてくる。


 目的の部屋の入口に立てば、机に向かっていたシノが振り返る。

 足音が聞こえていたのだという。


「その様子だと寝れない?」


 眠剤貰おうかと、先生を呼びに部屋の奥に向かっていった背中を、入口に立ったまま眺めている。


「寝れないか」


 奥からでてきた先生は、研究室のベッドに横になるように促した。

 天井から下がる白熱電球。黄色味を帯びた頼りない光が、自分の目には眩しくみえる。



 イオリは白衣の裏をめくって注射器を取り出す。中を満たしているのは、薄緑の液体。


 シノだけが知る、その注射器の中身。

 イオリは眠剤を入れると言っておきながら、ブースト剤を試す気らしい。


 イオリはリツの首の絆創膏をめくり、つぷりと針を刺した。

 薄緑の液体をゆっくり体の中に入れていく。


「後で運んでやるから、少しここで寝ていけ」


 それだけ言って、イオリはまた奥に下がっていった。


 すれ違った一瞬に交わされた目線。


 リツを見とけ、と言っている。



 リツを少しだけ眠気が包み込み始めた、その時だった。


 脳内にに警告音のような鋭いブザー音が鳴り響く。瞼を閉じているにも関わらず、 EMERGENCYと書かれたパネルがなぜか見えて、チカチカと赤い点滅を繰り返す。


「キオクノ キロク ヲ キョヒシマス」


 電子音やら、女の人の声と男の人の声やら、特定できないノイズが混じった聞きがたい音声が繰り返し流れる。


「……リツ?」


 遠くにシノの声が聞こえた。思わず、その声に縋る。


「シノ、たすけて、」

「どうした?」

「記憶の記録を拒否しますって、ブザー音とノイズがうるさいんだ」


 ほぉ、とシノの口角が上がったことは、目を瞑り頭を抱えて、丸くなるベッドの上のリツには見えていない。



 奥の部屋で、床にはらりと落ちた1枚のメモ。


 書類が散乱した事務机に、なにかのサンプルが入ったケース。机を背に棚の中から資料を探していたイオリは、メモが落ちたことに気が付いていない。


 書かれていたのは、



 火の使い+創✲

 水の使い+✲造


 絶対記憶+拒否

 鋼の肉体+治✲


 人の声を奪う+✲声

 夜に溶ける+✲製



 古く汚れていて、読めないところがある。

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