第6話『ダイショウ』

 まだ、炎は怖い、か……。


 朝方、ヒイロが作り上げた炎の塊を見た瞬間、くっついていたリツがぶるりと震えた感触が、サクの背中にまだ濃く残っていた。‬‬‬‬


 今日の夜は、あの夢を見るんだろうな。

 薬だけ用意しておこうか。


 手元のコップに注がれる水の音だけが、明かりの落ちた1人のリビングに響く。



 一面に広がるオレンジ。熱くてパチパチと弾ける音がする。焦げ臭さと黒い煙。ぐるりと周りを囲まれてしまった。逃げられない。座り込んだ床には読みかけの本が落ちている。


 炎。1番嫌いなもの。


 サクの存在は夢の中になく。たまにいてくれるのに、今日はダメみたいだ。

 はやく、万物から守ってくれるあの背中に隠れてしまいたい。


 本の隣でオレンジの中に横たわる腕が見える。前の孤児院の仲間の誰かだろう。

 逃げて、と声がする。僕はもう動けないから、と。


 その子はどうなったのだろうか。

 あの怪物のようなオレンジが、飲み込んでしまったのだろうか。


 煙のせいか視界が揺らいできた、いつのまに倒れこんだのか、右頬に硬い床の質感を感じる。


 さっき声を掛けてくれた子、ごめんね。僕も逃げられなかったみたいだ。



 サク、と俺の名を呼ぶ叫び声が、遠くに聞こえた。

 未だリビングにいた俺は、それを聞いて自室へと走り出す。


 起きた時に隣にいれば、もう少し軽く済んだのに。

 半ば狂ったように俺を探すリツの声は、俺以外の足音も連れてきたようで。


「シノ、」

「リツ?サク来たよ?ほら」

「ごめんね遅くなって、」


 俺の背中をがっしりと彼の細い指が掴む。それでも、わんわんと安定は帰ってこない。先生によって首に安定剤を入れられて、やっと落ち着いた。絆創膏の下また傷を増やした事実が、胸の痛みを連れてくる。


 彼の能力。絶対記憶。


 1度聞いた事、見たことは忘れない。

 逆を返せば、何も忘れることは許されない。


 過去の嫌な記憶も、

 忘れたいほど悲惨な出来事も。



 セナは、黒い毛布にくるまりながら、毛布の外を恨むように眺めていた。


 最近、陽の当たる時間に、起き上がれない。部屋に回診に来た先生は、能力の代償だから、慣れるしかないという。


 能力を得るということは、遺伝子レベルで書き換えを行うということ。

 今までとってきたバランスを崩す、ということ。


 今まで生きてきた世界をまるまると変えられ、あれもこれも慣れろという。

 いきなり現れたこの能力を恨むべきか。



 能力を与えた誰か、を恨むべきか。

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