第5話『アタエラレタモノ』

 誰かにゆさゆさと揺さぶられて、眠りの海から浮上した。

 ぼやけた視界の先、俺と同じ服をまとった誰か。


(せな、ゆかでねてたの?からだいたくない?)


 薄ピンクの文字が、朝の空気に溶けた。

 彼は確か、


「サク、」


(りつもいるよ、)


と、サクは背中に手を回して、リツの片手を揺らした。


 2人はいつも一緒にいる。リツはいつもサクの隣か背中に隠れていて、あまり顔を見て話をしたことが無い。拾われたタイミングも2人一緒だったという。昔に暮らしていた孤児院が全焼したらしい。



 きっと昨夜は闇の中で、疲れて眠ってしまったんだろう。窓から入ってきた朝日は床全体を照らすから、闇に溶けることができなくなった体は床の上に転がっていた、という訳。


 サクの顔をまだ眠たい目で見ていたら、先生の声がリフレインした。

どんな不思議な力を持っているか、聞いてみたらいいと。


「サクは、」


(ん?)


 サクのきゅるっと丸い目が、こちらを捕える。


「どんな力を持っているの」


(せなも、ちからをもらえたの)


「うん。闇に溶けられるようになった。昨日の夜わかって、まだ頭が追いついていないけど」


(かっこいい…)


と、丸い目はキラキラと輝いて見えた。


(おれのはあとでみせてあげるよ。ちなみにりつはね 、ぜったいきおく)


「絶対記憶?」


(いちどみたもの、きいたことはわすれない)


 そういった彼の顔がしゅんと悲しく歪んだように見えたのは、俺だけか。


 人の顔を見ないと話ができない俺は、表情の変化に敏感になった。

 音は俺にとって見るものだから。きっとまだ、気が付かれてはいないだろう。



 サクの力はリビングに行ったら見せてくれると言った。朝の廊下はまだ冷たく、ひたひたと石の感触が裸足の足裏に伝わる。リビングのドアを開けば、暖房で温められた空気にふわりと包まれて、おいしそうな香りが迎えてくれる。


(おはよう)

と薄赤。ヒイロの近くにいたナギの片手が上がる。


(ねれた?)

とシノさん。先生は隣で新聞を広げていた。


(しの!せなも、ちからもちになったんだね)


 視界の端、ヒイロとナギの頭がぎゅいっとこちらを向いた。驚きの視線を携えて。


(ああ、みんなのもみせてやれよ)


 そういったシノさんは、にやりと俺を見やる。見ときなというように。


(なぎ、いつもの!)


 サクはナギに体を向ける。ナギは虚空に人差し指を弾いた。途端に、空気を切り裂いて何かが飛んでくる。それは、道理でいけばサクの体を貫くはずだった。思わず瞑った目。だが、いくら待てども何も変わらず。ついにゆるゆると目を開いた。


(だいじょうぶだよ、おれのからだはつらぬけない。どんなものでもね)


 サクが弾き返したものが床に落ちていた。拾い上げれば弾丸程度の大きさの、氷の粒。


(なぎはみずつかい。ひいろは、ひだよ)


 ほらとサクに指さされた先、キッチンの虚空にぼおっと火の塊が上がる。


(せな、まだ、ちからはあんていしていないんだからな。なれて、つかいこなせるようにしろよ。あと、つかいすぎにはちゅういすること。ちからにのみこまれるぞ)


 シノさんがそういった後、リツの方に視線が向いたのは見なかったことにした。

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