端午の節句を過ぎた皐月の風が、菖蒲の花を揺らして飛んで行く。鶯の声が青空を渡り、太陽は明るく世界を照らす。

 そんな縁側で、宝劉は茶を飲んでいた。現在、巷で流行っているという、黒豆茶だ。

「平和ねぇ……」

 どことなく主張するようになった日差しの中、どこからか梅雨の気配がする。庭にはつつじ、縁側には菓子、そして軒先には干し野菜。

「宝劉様」

 縁側に舜䋝が顔を出した。

「あら舜䋝、何か御用?」

「そうですね。少しお時間をください」

 彼が目配せをすると、宝劉の隣に居た彩香と、控えていた下女たちは席を外した。

「どうしたの、改まって」

 縁側に正座する舜䋝を見て、宝劉は頬を緩める。いつもは気兼ねなく話しかけてくる舜䋝が神妙な面持ちをしているので、何となく可笑しかった。

「あの、謝ろうと思いまして……」

「何を?」

「宿でのことです。もっと王女としての自覚を、などと宝劉様に言ってしまいましたので……」

「ああ、あれね」

 宝劉は、黒豆茶を一口飲む。

「あんまり気にしないで」

「しかし……」

「いいのよ。私は私らしく王女をすればいいって、分かったから」

 舜䋝に黒豆茶を勧め、宝劉は過去を振り返るように庭を見る。

「私こそ、少し間違っていたわ」

「何をです?」

 宝劉は舜䋝を振り返り、まっすぐに見つめる。

「前に、あなたは変わってないって言った事よ。撤回するわ」

「え?」

 疑問符を浮かべる舜䋝に、宝劉は笑う。

「あなたは少し変わったわ。前よりずっと、頼もしくなってる」

「ほ、宝劉様、それってどういう……」

 真っ赤になって慌てる舜䋝の隣で、宝劉は都の空に流れる雲を、のんびりと眺めるのだった。



 了

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朱倭国志演義 橘 泉弥 @bluespring

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