五、寄道の姫(三)

「あ!」

 表参道に戻ったところで、宝劉が声を上げた。

「足湯があるわ!」

 嬉しそうに言う宝劉に対し、家臣たちは落ち着いている。

「ここには、長旅をしてやっとたどり着いた方々も、多そうですものね」

 彩香が返す。

「観光資源にも、なっているかもしれませんね」

 舜䋝が冷静に分析する。

「地元の人にも、需要はあるんじゃない?」

 燿がのんびり会話に加わり、

「そうかもしれませんね。さすが兄さん」

 空鴉は相変わらずなのだった。

「いや、そうじゃなくて!」

 宝劉が家臣たちの反応に反論する。

「私たちも長旅の途中なのよ。まだ時間もあるし、少し寄って行っても、罰は当たらないんじゃないかしら?」

「あら、そういう意味でございましたか」

「少しなら、大丈夫ですかね?」

「僕も足湯は好きですよ」

「兄さんが行くなら、私も行きます」

 王女の世話係と、国王私軍の蓮華たち。宝劉の意図するところを見抜けない彼等ではないはずだ。

(神様への挨拶も終わったし、とぼけて早く私を街道に戻したいんでしょうけど、その手には乗らないわよ)

 ちょっとした攻防を静かに繰り広げ、五人は足湯に向かうのだった。

 一行は、それぞれ足に履いていたものを脱ぎ、温かい湯に足を浸ける。

「はぁー……」

 宝劉が深い息をつく。

 他の四人も、それぞれ大きく息を吐いた。

「暖まるわねぇ」

「ええ、本当に」

 足の先を湯に浸すだけで、身体中の緊張がほぐれていく。長い旅の疲れも、足先からお湯に溶けていくようだ。

「ねぇ、舜䋝」

「はい」

 宝劉は、隣に座っていた舜䋝に話しかける。

「那廣大社から王都まで、どのくらい掛かるんだったかしら?」

「えーと……」

 舜䋝は、頭の中に地図を広げる。

「順調に行けば、七日も掛からないはずです」

「順調に行けば、ね」

 彼の返事に、宝劉は溜息をつく。

「その順調って言うのが、意外と難しかったりするのよねー」

「そうですね……」

 舜䋝は苦笑した。

「この先、面倒な事が起こらなければ、良いのですが」

 彩香が顔を曇らせる。

 それは神様関係の事も、人が多すぎて今は襲ってこない敵の事も、両方含めてだった。

「旅に困難は付き物らしいわよ」

 宝劉がにやりと笑って言う。

「怖い事をおっしゃらないでくださいませ」

 彩香が即座に止めに入った。

「そうですよ、言霊が宿ったら困りますからねぇ」

「劉家の方々は勘が良いので、怖いです」

 燿と空鴉も宝劉を諌める。

 舜䋝だけが、困った顔をして黙っていた。

「冗談よ。わたしもそろそろ、旅に疲れてきたわ」

 ここにいる旅人のほとんどが、この那廣大社を目指して出発した人たちだろう。彼らは目的地に着いた訳だが、宝劉一行にはまだ、目的地が見えてきてすらいなかった。

「でも、もしこの先困難があっても、何とかなると思うのよ。あなたたちがいれば、大丈夫な気がするの」

 それを聞いた家臣たちの顔が和らぐ。

「殿下、そんなに俺たちをおだてても、こんな物しか出ませんよ」

 ぽん、と燿の手に花が一輪現れた。

「あら、綺麗ね。どこから出したの?」

「ふふふ、それは秘密です」

 燿はいたずらっぽく笑う。劉家相手に軽口をたたいても許されるのは、燿の人柄のなすところだろう。

 まだ苦難の旅は終わっていないが、一行は久方振りに、心穏やかな時間を過ごしたのだった。

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