五、寄道の姫(四)

「さーて、それではちょっくら、稼ぎますかねぇ」

「そうですね。頑張りましょう」

 表参道の半ばに戻ると、燿は狐面を着け、空鴉は笛を手にした。一行の路銀を稼ぐのである。

「頼むわね」

「はーい」

「御意」

 宝劉の激励にそれぞれ返し、二人組は青い狐火になった。

 何だこれはと、不思議がって人々が集まる。

 狐火の周りを囲んでがやがやしていると、それは二人の人間に姿を変えた。背の低い方は狐の面をかぶり、もう一人は素面で笛を持っている。

「さあさあ皆様お立合い! 御用とお急ぎでなかったら、ゆっくりと見ておいで!」

 笛の音と共に、狐面が口上を始める。何か面白い事が始まりそうだと、人々は脚を止めて二人の周りに集まる。

「お初にお目にかかります。私、大道芸人の狐火でございます」

 仰々しく礼をして、狐火は懐から白い紙を取り出した。

「まずは踊る紙人形。種も仕掛けもございません」

 そう言って大きく広げた紙を群衆に見せ、手際よく人形を折っていく。

「さあ、踊れ!」

 狐火が号令をかけると、紙でできた人形は動き出した。ぴょんと跳ねてくるくる回り、逆立ちをしたり宙返りをしたり。群衆から驚きの声が漏れた。

「さ、行っておいで」

 主に言われ、紙の人形は観衆の方へ飛び出した。頭上で踊り、肩に乗り、顔の前で手を叩く。

 狐火がぱちんと指を鳴らすと、紙人形は高く飛び上がった。宙返りをして色とりどりの紙吹雪になり、人々の上に舞い落ちる。再び感嘆の声がした。

「さてさてお次は、世にも不思議な、跳ねるお手玉でございます」

 懐に手を入れ、狐火は色鮮やかなお手玉を、十個ほど取り出す。

「ほら、遊べ!」

 そう言ってお手玉をぽーんと投げた。

 お手玉たちは、飛んだり跳ねたり転がったりして自由に動く。互いにぶつかってみたり、いくつも重なってみたりと、正に遊んでいるようだ。

「楽しいかい?」

 狐火がそう声をかけると、それぞれに跳ねて転がり嬉しそうな様子を見せる。

 観客はしばらく、その不思議なお手玉に見入った。

「そして最後は、白竜でござい。出ておいで!」

 狐火が手を叩くと、その背中から、体長三尺ほどの白竜が現れた。狐火の周囲を回り、彼の体の動きに合わせて飛び回る。ちょっとの間戯れるように、狐火と龍は笛の音に合わせ、一緒に踊った。

「さてこの子、身は小さくとも立派な竜。雨を降らすのもお手のもの」

 狐火がさっと手を挙げる。白竜は主人の合図に応じて、青空へ飛んで行った。

 すると、みるみるうちに空が暗くなり、雨雲がわいてくる。涼しい風が吹いたと思ったら、ぽつぽつと雨が降り出した。

 人々はあっけにとられ、雨宿りも忘れて雨の中たたずむ。先程まで広がっていた青空はどこへやら、完全に雨模様だった。

「さ、もう良いだろう。戻っておいで!」

 狐火が空へ叫ぶと、雨はやんだ。雨雲が薄れ晴れてきた空から、小さな竜が主の元へ戻って来る。

 拍手の起こる観衆を前に、狐火は仰々しく礼をした。

「今回の大道芸はこれにて終い。もしお楽しみいただけましたら、お気持ちの方、投げていただけますとさいわいでございます。では、これにて」

 狐の遠吠えとともに宙返りをすると、その姿は青い狐火に変わった。

 人々はその火に、銭を投げる。狐火はそれらを吸い込み、段々と薄くなって姿を消した。ずっと流れていた笛の音も、いつの間にやら止んでいた。

 そして四半刻の後、燿と空鴉は三人の元に戻ってきた。

「いやぁ、さすが天下の那廣大社が参道ですねぇ。やりがいがありましたよ」

 狐面を外した燿は、のほほんと言う。

「投げ銭、かなり集まりました。路銀の足しに」

 空鴉が、重い袋を彩香に渡す。

「お預かりしますわ」

「ありがとう。これでまた、道中美味しいものが食べられるわね」

 宝劉がそう言って笑顔を見せる。

 屈託のない笑みに圧倒され、この金があくまで路銀であって、美味しいものを食べるための金でない事を、家臣たちは言えなかった。

「そうしたら、街道に戻りましょうか。今日中に、次の宿へ着かないとね」

 宝劉の言葉に一行はうなずき、元々歩いていた街道へ戻った。

 春の日差しがのんびりと、若芽の木々を照らしていた。

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