“夜”と“陽” 陽だまりに至る病 天祢涼 文藝春秋

本当は3作連続で感想を上げる予定でしたが、間が空いてしまいました💦

ちなみに感想部分、また文体変わります。

まずはあらすじなど。


あなたのお父さんは、殺人犯なの――?


ネグレクト、貧困、そしてコロナが少女たちを追い詰める。


タイトルの真の意味がわかると、きっと胸が熱くなる。

現代社会の闇に迫る切ない社会派ミステリー



小学五年生の咲陽は、「父親が仕事で帰ってこない」という同級生の小夜子を心配して家に連れ帰る。

だが、コロナを心配する母親に小夜子のことを言いだせないまま、自分の部屋に匿うことに。

翌日、小夜子を探しているという刑事が咲陽の家を訪ねてくる。

小夜子の父親が、ラブホテルで起きた殺人事件の犯人ではないかと疑念を抱く咲陽だが――。


『希望が死んだ夜に』で「子どもの貧困問題」に、続く『あの子の殺人計画』で「子どもの虐待」に迫った

〈仲田・真壁〉の神奈川県警刑事コンビが、次は「コロナと貧困」の陰で起こった事件に挑む。話題の社会派ミステリー第3弾!

Amazon商品ページより


小夜子(さよこ)と咲陽(さよ)。この2人の少女を中心にこの物語は描かれていく。夜と陽。同じ読みを持ちながら対照的な字を当てたことが最後にじわりと心に沁みる。

咲陽の母親は個人クリニックで働く看護師で、父親はイタリアンレストランのオーナーシェフだ。比較的恵まれた家庭に育ち、母の「家は恵まれているんだから困った人がいたらなにかしてあげないとね」という言葉を元に小夜子の心配をする優しい子供だ。

一方の小夜子は大人になりきれない父親にネグレクト気味に育てられ、どこか世間を食ったようなところを見せる。咲陽の課した匿うためのルールもどこ吹く風、といった振る舞いをしてみたり、かと思えば同情を引くようなことをいってみたり。

咲陽は厄介な子供を引き入れたものだという印象を持ってしまう。

しかし物語が進むうちに、小夜子がこうならざるを得なかった背景が見えてくる。

殺人事件への関与が疑われている小夜子の父の虎生だが、この人物がどうしようもない。自身虐待されて育ったという生い立ちには同情するが、父親になった今でも子供っぽくその場しのぎの行動しかできない。コロナ禍の煽りをうけて警備員の仕事を首になるが、その後のことの目処は一向に立つ気配はない。あげく、幼い小夜子を気にかけるでもなく行方をくらませる。

全てにおいて自分ごとという感覚がないのだ。そのくせ肥大した正義感だけは持ち合わせ、余計なことしか口にしない。彼に迷惑をかけられた人は、関係ないのに小夜子を連れてきて、自分のしたことを小夜子に謝らせ、さも小夜子がいたからこんなことをしてしまったと言わんばかりの言い訳をすると証言する。

こんな父親に育てられれば世の中を斜に見るようになっても仕方ないだろう。

実際小夜子は冷静に自分の置かれた状況を理解していた。その上で咲陽の好意を利用するのだ。彼女の立ち回り方はおよそ10歳やそこらの子供のそれではない。およそ子供らしくない計算高さに嫌悪感を持つが、一方で彼女が生きるためにそうなってしまったということに痛みを覚える。子供らしい咲陽の姿が、小夜子の置かれた状況の苦しさを余計に際立たせるのだ。

咲陽自身も小夜子の態度に疑問を持ち、苛立ちを覚えたり、両親の仕事がコロナ禍で上手くいっていないことに気づき小夜子を匿ったままでいいのか悩む。それでも小夜子を放り出すのはいけないような気がして、幼い知恵を働かせながら小夜子を守ろうとする。

度重なる真壁ら警察の訪問、聴取にもシラを切り通す。こんな幼い子供でさえ小夜子を守ろうとするのに、虎生は……と思わずにいられない。

しかしやはり子供の幼い知恵でしたことは露見してしまうのだ。小夜子は警察に保護され施設に移される。別れ際、咲陽に心無い言葉を投げつけて。

恵まれたお嬢さんの安っぽい同情。利用するのにちょうど良かった。友達だなんて思うわけがない、おめでたい馬鹿な子だと咲陽を嘲笑する小夜子。

けれどそう言いながら、彼女は自分の内に、言葉にできないざわざわしたものが生まれていることに気づいている。

自分を必死に匿おうとしてくれた咲陽。暖かい寝床を与えてくれて、誰も教えてくれなかった身だしなみの整え方を教えてくれた咲陽。苛立ちを感じながらも自分に寄り添おうとしてくれた咲陽。

自分には与えられないと思っていた温もりを、同級生が与えてくれたのだ。

ひどい言葉を投げかけたのに、それでも自分と向き合おうとしてくれる咲陽を、小夜子はどう受け止めるだろうか。

たった10歳ほどの子供が、自分の中に芽生えた友情を露悪的にしか表現できない姿に言いようのない悲しさを感じる。

前2作もそうだったが、いわゆる“普通”の親や家庭を知らずに子供を持ち、親になりきれない親がその子供を負のスパイラルに引き込んでいく。そこからどう子供を引き出して守ってやれば良いのか。

その答えの一端は、咲陽が小夜子の心にうつした“陽だまり”にあるのかもしれない。

親でなくともいい。ただ向き合い寄り添い大切にしてくれる存在に出会うことができれば、連鎖を断ち切ることができるかもしれない。

小夜子の心に感染った“陽だまり”はそこにあり続けることができるだろうか。

コロナによる貧困や閉塞感、そうした息の詰まるような問題を描きながらも最後は希望を感じられる物語だった。

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