贖い 教誨 柚月裕子 小学館

本日は珍しく新刊の感想です。


女性死刑囚の心に迫る本格的長編犯罪小説!


幼女二人を殺害した女性死刑囚が最期に遺した言葉――

「約束は守ったよ、褒めて」


吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。香純は、響子の遺骨を三原家の墓におさめてもらうため、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉の真意を探るため、事件を知る関係者と面会を重ねてゆく。


「自分の作品のなかで、犯罪というものを一番掘り下げた作品です。執筆中、辛くてなんども書けなくなりました。こんなに苦しかった作品ははじめてです。響子が交わした約束とはなんだったのか、香純と一緒に追いかけてください」

――柚月裕子

Amazon商品ページより


この作品は秋田児童連続殺害事件をモチーフにしているが、いわゆる“ミステリ”を想定して読むと肩透かしを食らうだろう。

“犯罪小説”ではあるが、いわゆる“推理小説”ではない。

1人の女性がなぜ殺人を犯したのか、何を思い刑が執行されるまでを過ごしたのか、それを探る物語だ。


主人公の香純は子供の頃に一度だけ会った響子と鬼母と呼ばれる罪を犯した響子を繋げられない。子供の頃に出会った響子は優しく穏やかな印象っだった。

そしてもう1人、子供の頃の響子を知る新聞記者の樋口は響子を無垢と言う言葉で表す。響子が勤めていたスナックのママは響子のことをいい子だったといい、優しくてまっすぐだったと言う。

重ならない、殺人犯としての響子と、そこに生きて生活していた響子。

父親に虐待とも言えるほどの厳しい躾を受け、同級生たちからは幼い頃から高校にいたるまでいじめられ続け、愛してくれたと思った男はみな響子を都合のいい女としてしか見ていなかった。

いつも薄汚れていた響子の娘は響子から虐待されていたのか?虐待の果てに響子は我が子を手にかけたのか?

そして挿入される刑執行までの響子の拘置所での心情。彼女にもまたなぜ自分が娘を手にかけしまったのか、明確にはわかっていない。

この物語で描かれるのは、前時代的で閉鎖的な田舎の息苦しさとそこから逃れることのできなかった女たちの苦しみでもある。

地主の家系の男と小作人の娘の結婚、そして支配的な父親、逆らえない母親。今の言葉で言うなら機能不全家庭に育った響子は自分を認めることができない。何をしても父親から叱責をうけ、母親は明後日の方向で娘を守ろうとしたために響子は子供たちの中で孤立する。友人と呼べる相手もおらず、誰に何を訴えても何も変わることはない。

響子は諦めと自己否定の中で育ってしまったのだ。

もちろんだからといって幼い子の命を2人も

奪って良いわけがない。彼女の罪は罪としてそこにある。しかしそこに彼女が至るまでに追い詰めたものがあったこともまた事実だ。

スナックのママはこうも語る。

「愛理ちゃんと栞ちゃんを殺したのは響ちゃんだけど、そう仕向けたのは身内とここの住人たちだよ。」

もし彼女がもっと響子に踏み込んで世話を焼くことをしていたらどうだったろうか。

そう考えずにいられないほど、響子をめぐる人々の中ではこのママが1番“常識的”な価値観と判断力を持った人だった。彼女がママに甘えることができていたら、彼女は罪を犯さなかったかもしれない。

どうにもならないほどの心身の不良を抱え、思うままに娘の世話もできない自分に、響子は絶望していくのだ。


私が、娘を不幸にしている。


なぜ彼女がこんな想いに囚われなくてはならなかったのか。

生きにくい田舎から出て、もっと都会の誰も自分を知らないところで生き直せていたらどうだっただろうか。そう思わずにいられない。

それでも彼女は守ってはくれなかった母への思慕を手放すことも、自分を取り巻く境遇に怒ることもできず、故郷に縛られるようにそこで生きていた。

私も田舎育ちだからこそ、響子の置かれた状況は想像がつく。町内はみんな顔見知りで、それどころか乗っている車もわかっているからどこで誰が何をしていたかはすぐに筒抜けだ。

都会の町内会とは比べ物にならないぐらい地域での活動も多い。

もちろん悪いことばかりではないし、そのつながりの強さが心強いことももちろんある。

だが響子のようにそこからはみ出してしまった者にとっては……。

想像がつくだけに響子がどんなに追い詰められていたかを思うと胸が痛くなる。

人格形成の時期に否定を繰り返され、自分というものを作ることができず、自分の考えに自信を持てず、なにもかも自分のせいで上手くいかないと思い込んでいまう。どんなに生き直そうとしても、良くはならない。

精神的に限界を迎えていた響子の背を押してしまう、何気ないある人の一言。

刑の執行前のわずかな時間の中で、響子の口から漏れた「可哀そう」という言葉。そしてそこから繋がる“約束”の意味。

幸せになりたくてもがいた、弱い小さな女が、

なぜこんな結末へと歩かなくてはならなかったのか。

罪は罪として厳然とそこにあり、贖われるべきだが、彼女に贖わなければならない者たちもいる。彼女の母だけでも良かった。もし響子の母が響子の傷に寄り添い守れなかったことを詫びていたら。

この罪を止めることができる手はどこかにあったはずで、その手が彼女に差し伸べられていたら、2人の幼な子は今も生きていただろう。

恨んでも良いはずの母と故郷を思いながら響子は逝く。

母の元に帰る響子は幼子の姿をしているかもしれない。

今度こそ、彼女を抱きしめる腕はあるだろうか。



感想が新鮮な内に書きたかったので書きましたが、その分まとまりのない長文になってしまいました。読んでくださった方、ありがとうございます。

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