助けを求める声を聞けるか。 あの子の殺人計画 天祢涼

『希望が死んだ夜に』で子供の貧困を描いた作者が描く児童虐待の物語。真壁&仲田のコンビの2作目だ。


小学5年生の椎名きさらは母親の綺羅と2人暮らし。綺羅はファミレスで働いているが楽な生活ではない。

きさらは躾と称して水責めの刑を母から受けていた。日常的に行われているそれを、きさらは自分が悪いことをするからだと受け入れてしまっていた。

そして学校でも浮いてしまいいじめを受けているが、きさらはそれもいじめと気づいていない。

しかし同級生の翔太にそれは普通のことではにと指摘され、母が自分にしていることは躾などではない、同級生の振る舞いは遊びではないと気づいてしまう。

指摘した同級生の翔太はきさらに実は自分は養子であり、今の両親は血の繋がった親ではないと打ち明ける。翔太の話をきいたきさらは自分もいい家の養子になるために母親を殺す計画を考え始める。

またその一方で大手風俗店のオーナー、遠山菫が川崎駅前の路上で刺殺されるという事件が起こる。その捜査に当たる真壁。

以前遠山の風俗店に勤めていたことで捜査線上に綺羅の名前が上がる。今回の事件でコンビを組むことになった宝生巡査部長と共に綺羅を訪ねるが、綺羅のアリバイをきさらが証言する。しかしわずかな違和感から真壁はきさらは綺羅に嘘をつかされているのではないかと考え、この親子の実像に迫るべく仲田に協力を要請する。

“想像”によって母娘の実態に迫ろうとする仲田。そこから浮かび上がってきたのは虐待の連鎖だった。


今回も重いテーマだ。

天祢涼氏が上手いのは事件を刑事の視点からだけ描いて展開させるのではなく、むしろその視点を少なめにして渦中の人物の心情を中心に展開するところだ。

語り手が変わることによって事件の輪郭が浮かび上がるとともに、そこに行き着かざるを得なかった人物の心情がまざまざと浮かび上がってくる。

そして今作ではその手法が叙述トリックの役割も果たし、読み手は予想外の結末にたどり着くことになる。

ミステリーとしての面白さはもちろんだが、やはり今作でも重い社会問題を考えさせられる。ひとり親家庭の経済的困難さは今作の背景にもあり、そしてそこに虐待する親と被虐待児童の情緒的問題が更にのしかかってくる。

あえて情緒的問題と書くのはそれほど彼女らの心理が克明に描かれているからだ。

綺羅は我が子を憎んでいるから虐待するのではない。彼女もまたかつては被害者だった。しかし彼女はそこから抜け出すための手段を誤ったために、子を虐待する親となってしまう。

そして虐待されていると思っていなかったきさら。

「あたしって虐待されてるの?」

このたった一言に胸が痛くなる。

被虐待児童が虐待の事実を否定したり、親と引き離されるのを嫌がったりすると言うことを知識としては私も知っている。それを説明するための言葉もあるだろう。しかし作者はこのたった一言で、被虐待児童の愛情の認知の歪みや親への愛着を描く。

なぜ被虐待児童は虐待を否定するのか。自分にされていることを虐待だと認めるということは、自分が親から愛されていないと認めてしまうことになるからでは無いだろうか。

ほんの少し、一言だけでも声をあげてくれれば、助けられたかもしれないという苦しさ。

なぜこの連鎖をたちきれなかったのかという苦さ。読み進めれば読み進めるほどそんな思いに駆られる。

彼女たちを掬い上げる手がなぜ無かったのか。虐待による子供の死のニュースを見るたびに感じる想いをここでも痛切に感じることになる。

幾重にも重なる“もし”。もし、きさらが大人に助けを求めることができていたなら。もし、綺羅が風俗という手段以外で自活の道を選んでいたなら。もし翔太がそばにいたなら。

現実もきっと“もし”の連続なのだ。もし閉じられた“家庭”という檻をこじ開けることができるなら。

そしてもう1つ、前作とも共通していると感じるのだが、“知っている”か“知らないか”が人生を変えてしまうということだ。前作では親が生活保護など福祉を求めるための正確な知識を持たず、子供を困窮させ、希望を持てなくしてしまっていた。そして彼女たち自身ももう道が無いものと思い込み、最悪の事態へと進んでしまった。

今作では虐待から逃れるための手段、親から自立するための手段、自分達に与えられるべき行政の手、そうしたものを知らないがために選択を誤っていき、悲劇へと進む。

おかしいと気づける歳、自分からも救いを求める声を上げられる歳になった子供が、なんとか正しく救われるための方法を知る手段はないものだろうか。

こうした社会問題の原因はいつも1つではない。いくつも重なり合った事柄の上に表出する。1つ1つ解きほぐすことは困難かもしれないが、それでも助けが必要なことに気づく者、気づかせる者がいて、陽の当たる場所に引き出すことができたなら。

綺羅が叫ぶ「私の人生も何とかならなかったの」という言葉。

痛いほどのこの言葉が、すべてかもしれない。



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