自転しながら公転する 山本文緒 新潮社
一昨年に刊行された著者7年ぶりの長編小説。
残念ながら最後の長編小説となってしまった。
主人公は32歳の与野都。以前は都内のアパレルショップで働いていたが、母の更年期障害が重く日常生活さえ困難になっており、介護のために実家の茨城に帰ってきた。
牛久にあるアウトレットモールで、アパレルショップの契約社員として働きながら休みの日は母親の病院に付き添い、父と分担して家事もこなしている。母親の具合は一進一退、命に別状のある病ではないだけに何となく疲弊していく都。実家を離れたいと思うものの契約社員で金銭的にも余裕があるわけではない。
周りの友人たちは結婚したり恋人を見つけたりしていく中、母の面倒を見て仕事をするだけの都は将来に不安を感じていた。
ある大雨の日、仕事帰りに車が故障して都は帰れなくなっていた。それを助けてくれたのは、同じアウトレットモール内の転寿司屋で働く羽島貫一だった。貫一は一見地元のヤンキーという印象だが、意外に読書家だったりボランティアをしたりという面もある。
友人には止めておけと言われるが、何となく貫一に惹かれていく都。2人は付き合うことになるのだが、都の心配は解消されない。
貫一の腰の落ち着かなさや生活には最小限しかお金をかけないのに急に散財したりする無頓着さなどが目について、結婚するには向かない、将来のない相手ではないかと思い悩む。
そんな時に職場でも人間関係が拗れたりセクハラを受けたり、また父までも体調を崩してしまったりと次々と色んなことが都にのしかかってくる。
家族のこと、将来のこと、仕事のこと。
いっぱいいっぱいの都はどんな結末を手にするのか。
どこにでもいる普通のアラサー女性。
恋、仕事、介護、どこにでもある悩み。
それをこんなにも愛おしい物語にするところが山本文緒の凄さだと思っている。
30代になり親の老いが現実となり始め、独り身の心細さも感じ始める。緩慢な日常に沈みながらもどこかで掬い上げてくれる手が
差し伸べられるんじゃないかとまだ思っている。
自分を取り巻く世界も自分もぐるぐる周り、焦りや不安、苛立ちでパンパンになる。そのままならなさを責任転嫁して相手を責めたり、自分の考えをちゃんと伝えていないのに相手が思い通りにならないと怒ってみたり。
変わろうとする気はあるけれど、変わるのが怖くて足踏みをし、どうなりたいのか明確なビジョンもない。何となく誰か頼れる人が欲しいが誰でもいいわけではないというわがままさも持て余している。
独身であれば一番不安定さを感じる年頃かもしれない。
私自身も結婚が遅く、アラサーの頃には都と同じような思いをしたことがある。私の場合は長年付き合いすぎて結婚する勢いを逃してダラダラしていた。両親は幸い元気だったが、私自身がストレスから体調を崩したり長引く不景気の影響で給料が下がったりと不安が尽きなかった。が、相手の方は特に将来を考えるわけでもなくのんべんだらりと現状維持で良しとしている。
正直、結婚するとしてこの相手が支えになってくれるか?と疑問にも思っていたし、いっそのことちゃんと終わらせて、おひとり様の覚悟を決めた方がいいんじゃないかなどストレスフルな毎日を送っていた。
結局は結婚して今に至っているわけだが、あの息苦しいようなままならなさを都も抱えていると思うと、たまらなく愛おしい。
開き直って腹を括るには自分に自信がないし、かといって他人頼みで甘えるにはもうそれが許される歳でもない。
そこをなんとかやり過ごしてしまえば、今度はふっと力が抜けて楽になることを今は知っているから都を愛おしく思えるのかもしれない。
都は周りの空気を読んでそつなくこなすタイプなので、他者から与えられた“都”に縛られて余計に出口が見えないのかもしれない。けれどそれは都が自分で出口を決めていないから見つけられないのだ。その弱さに気づくことができなければ、“出口”は見つからないのだ。
“自分”はどうしたいか。どうなりたいか。
そこに向き合った時、都は強さを手に入れる。状況は変わらなくて将来の展望はまだ見えていないとしても、その強さを手に入れることができれば“何とかなる”のだ。
私が支えてもらった山本文緒節がちゃんと
そこにあった。
けれど以前の作品よりももっと大きく優しくなっている気がする。
都の惑いを丁寧に丹念に書き上げ、ヒリヒリするような焦燥感の代わりに、どこか登場人物を冷静に見つめながらも見守るような大きさを感じた。それは氏自身の辛い時期を経て書かれた作品だからかもしれない。
プロローグで読者のミスリードを誘う『恋愛中毒』を思い出させる展開もずっと作品を読み続けてきた者にとっては嬉しい。
そして用意されたこれまでの作品と違う優しいエピローグ。
一番心に残るのは都の母の言葉だ。
「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。すこしくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ」
何が幸せかも思い定められていないのに“幸せ”を求めて迷路の中にいる人に手に取ってほしい一冊だった。
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