エデンを離れて エデンの果ての家 桂望実 文春文庫
母が殺された――その悲しみの葬儀の席で逮捕連行されたのは、弟だった。
大企業に勤める父秀弘、料理上手で絵に描いたような良妻賢母の母直子、幼いころから優秀で両親に溺愛されてきた弟、尚弘。そして1人除けもののように扱われて成長した兄、和弘が主人公だ。
遺棄死体となって発見された直子。突然の悲劇に悲しむ間もなく、尚弘が被疑者として逮捕される。秀弘は半狂乱になって尚弘の無実を証明しようとするが、父のように躍起になれない和弘はたびたび衝突する。
お前は弟を信じられないのか、弟のためになにかしてやろうとは思わないのか――。
父になじられながらも、これまでにできてしまっていた和弘と家族との距離はそう埋まる物でもない。そして見えてくる母の別の顔。
家族とは何か、なぜ母は死んだのか。
冒頭から波乱の展開だ。ここで一気に物語に引き寄せられる。
だがこの物語はミステリーではない。家族の物語だ。
前時代的な価値観の両親。支配的な父親に抑圧された兄弟。
いい学校に行っていい会社に入って。
ここで描かれる秀弘は寓話的と言ってもいいほど“昭和”の男だ。
働いていることを錦の御旗に家庭的なことはせず、子供への関心は、自分の子供として相応しい出来かどうか、という一点だ。
自分が認めた以外の進路から外れれば、結果がどうであれ落ちこぼれなのだ。
尚弘は要領よく両親の価値観に合わせて溺愛されるが、和弘はその価値観に馴染めず両親の関心の外に追いやられてきた。
しかしそのおかげで和弘は、家の外に出て“自分”と言うものを持つことができた。自身で会社を起こし、それなりに軌道に乗せ、結婚もしてまずまず幸せと言っていい暮らしを手に入れる。
両親を見てきたせいで子供を持つかどうか悩んだりと揺らぐこともあるが、それでも自分というものがあるのと無いのとでは大違いなのだ。
これほど極端でないにせよ、兄弟姉妹のいる者ならどこかしら思い当たることのあるテーマではある。両親の関心の高低、比べられたり我慢を強いられたり。多少の軋轢はある。
子供の頃は理不尽に思えても、大人になれば複数の子供を同時に見ることの難しさに思い至り、また親だって完璧ではない、完璧な大人はいないと気づき、何となく飲み込めてしまえた私はそれなりに幸せな方なんだろう。
だが和弘の場合は頑なな価値観の持ち主である秀弘がいることによってそう簡単な話ではなくなる。
作中、秀弘がいかに傍若無人な人間かが描かれる。独善的で自分が間違っているなど露ほど思っていない。尊大な態度は誰に対してもであり、何もかもに怒っている。他人を見下し偏見を隠そうともしない。
こんな人間と暮らせば、ハイハイと合わせる方が楽だと思うようになっても仕方ない。むしろ和弘はよく諦めずに反抗したものだとすら思うほどだ。
尚弘は衝突する面倒さを厭うて優等生になったのかもしれない。けれどいつしか秀弘の価値観に飲み込まれ、そのことに気づいた時にはもう手遅れだったのかもしれない。
家族から離れて傍観者を決め込んでいた和弘はもう傍観者に戻ることはできない。
事件をきっかけに改めて家族と向き合わざるを得なくなった和弘。厳しい現実に直面し、自身の価値観が通じないことを今更ながらに突きつけられる秀弘。
そして調べるほどに見えてくる、尚弘と直子の歪んだ関係、2人の別の姿。
尚弘視点の物語がないので全てを知ることはできないが、少なくとも和弘が見ていた通りの家族ではなかった。
そして語られる、和弘自身ですら忘れていた彼もまた愛されていたという思い出。
これからどうなるかはわからない。
不器用な親子は不器用なままだろう。けれどもう和弘は傍観者に戻ることはできない。
物語は事件の真相が語られることはないし、宙ぶらりんのまま終わる。
事件そのものの解決をみることはないが、わずかに見える家族の再生の兆しに救いを感じる。
彼らは新たな“
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