1歩、進む できない男 額賀澪 集英社

 地方の広告制作会社で働くデザイナー・芳野荘介。年齢=彼女いない歴で、仕事も中途半端。かといって積極的に彼女を作ろうともせず、東京で勝負することなどははなからあきらめている「できない男」。

 そんな時、荘介の地元である夜越町と大手食品会社が農業テーマパーク「アグリフォレストよごえ」プロジェクトを立ち上げる。

 超一流クリエイター、南波仁志率いるOFFICE NUMBERが取り仕切る「アグリフォレストよごえ」のブランディングチームに、荘介は地元デザイナー枠として、突然放り込まれることに。

 南波の右腕として「アグリフォレストよごえ」のブランディング事業の現場担当を務めるアートディレクターの裕紀。彼女に二股をかけられていた者同士で意気投合した、イタリアンレストランオーナー賀川と遊ぶのが彼の唯一の息抜きだ。仕事は有能で、様々な女性と付き合いはするものの、裕紀もまた、独立や結婚など、その先の人生へと踏み出す覚悟が「できない男」だった。

 冴えない田舎の男とそこそこイケてるのにフラフラしている男。山と田圃しかない夜越町で出会った、別のベクトルの「できない男」。それぞれが抱えるダメさと向き合い格闘しながら、成長していくお仕事小説。

 いつも“無難”を選び続けてきて“青春”してこなかった荘介。そこそこ上手くやってきたはずなのに失恋から前へすすめない裕紀。2人とも“変化”が面倒で“今”に停滞している。変わりたい、今のままでは何か違うと思いながら、変えるのは怖いのだ。

 もっと言ってしまえば自分ではない誰かが“今”を変えてくれればいいと思っている。

 もしかすると誰だってそうかもしれない。変化を恐れずに自分のやりたいことに進んでいける者は意外と少ない。現状より必ず良くなるとは限らないし、なによりパワーがいる。

“今”がそこそこ居心地が良ければ現状維持を選んでしまう。

 誰かが“今”を変えてくれるなら、それはそれでOKというのは、そこに自分の責任はないからだ。結果今より良くなればラッキー、悪くなっても自分の責任ではない。

 けれどそんなに都合のいいことはない。“今”が不満なら自分で動くしかないのだ。誰も人の人生を肩代わりなどしてくれないのだから。

 これは2人がその覚悟に辿り着くまでの物語だ。誰もなんともしてくれない、今に安住している間に周りは進んでいく。そのことが2人を追い立てる。

 私はもう40を過ぎて、彼らよりも歳をくっているが、正直似たような感覚はまだある。日常はほぼルーティーン化していて消化するだけのような毎日だ。この歳になっても自分に自信なんてないし、何かを決めるときも散々迷う。スマートにこなせることだってそれほどはない。新しいことを始めてみたくなりもするが、リスクを取る気はない。

 けれど人間なんてそんなものなのかもしれない。いつだって臆病に生きていく。

 目の前に差し出される安牌をえらんでいればいい。自分の中にわずかに燻っているものに目をつぶって。

 けれど燻っている間は火種は消えてはいないのだ。その燻っているものがふいに風を受けて燃え始めることもある。

 どうせなら自分で風を起こしてその燻っている火種を煽って火を起こしてしまえ。

 絶対に安牌な人生なんて無いのだから。


 そんな気持ちにさせるような熱くて爽やかな小説だった。

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