血という業 ブラッドロンダリング 吉川英梨 河合出書房新社

ブラッド・ロンダリング──過去を消し去り、出自を新しく作りかえる血の洗浄。

警視庁捜査一課へと転属となった新人、真弓倫太郎。彼は人に言えない秘密を抱えている。

同じ班の女刑事二階堂汐里。周囲から「昭和の男」と揶揄される彼女だが、婚約者を殺された過去を持ち、その犯人はまだ捕まっていない。

この2人が軸となり物語は進んでいく。

倫太郎が配属されたその日、駐車場の車にフリーの記者、下地が真っ逆さまに突き刺さった状態で発見される。一度は自殺と断定されかけたが、わずかな違和感を見過ごせず捜査を続けた汐里達によって事は事件の様相を見せ始める。

下地が追っていたと思われるゴシップに関係する芸能事務所の元マネージャー、井久保もまた自死と思われる状況で発見されていた。井久保の部屋を捜索していた汐里と倫太郎は洗面台に浮かび上がる果無という文字に気付く。そこから奈良県十津川村果無にたどり着くが、そこでも下地と交流のあった青年、沼田の死に行き当たる。彼がアルバイトをしていた介護施設に入所していた玉置といういう老人の事故に引っ掛かりを覚えた2人は調べていくうちに、31年前、1つの集落を消滅させた迫の大火と呼ばれる凄惨な大火事に辿り着く。

加害者家族が背負った過酷な運命。そして不可解な行動を続ける倫太郎の過去とは……。


誤解を恐れずに私の最初の感想を書くと、現代版の『砂の器』だ。

二番煎じだとかそういう意味ではない。

この小説を読むのに重大なネタバレではないのであえて触れるが、いわゆる背乗り、と呼ばれる戸籍を偽装しその過去を隠すための殺人という筋書きは使い古されたものかもしれない。

しかしこれだけ推理小説が書かれている現在、手垢のついていないネタはほとんどない。トリックで読ませる小説なら斬新な設定、手法もあるかもしれないが、こうした警察小説や社会派ミステリーといったジャンルであれば、既視感のあるテーマは少なくない。

だからこそ人物の肉付け、とりわけWhy done it の部分の厚みが面白さの肝となるが、この小説はそこのところが分厚い。

些細な違和感から事件の繋がりを手繰り寄せていく過程の緻密さ、わずかな手がかりを拾い集める執念、罪は罪としながらも犯人の置かれてきた状況に心を寄せる汐里の情の深さ、犯人と自分を重ねる倫太郎の脆さ。そして大火を起こした犯人の置かれた前時代的な状況。その家族らに向けられた非難と迫害。これらがパズルのピースの様にぴたりとはまり、重厚なストーリーが紡がれている。

そしてある種叙情的とも言えるラスト。

ここにたどり着いた時、私の中に、ああ、これは『砂の器』だ、という感想が浮かんだ。

自分自身には何の過ちもない。ただ殺人者の子であるということ、その血縁が業となる。


映画版以外の『砂の器』は松本清張氏の遺族の意向でハンセン氏病患者の子という設定を殺人犯の子という設定に変えられていることが多いが、実を言うと私はそこが不満で映画版以外をあまり評価していない。

ハンセン氏病に対しての差別を助長するかもしれない、松本清張が差別的だったと誤解を受けるかもしれない、ハンセン氏病が不治ではなくなった今、舞台を現代に移した場合リアリティが無くなる、そうした様々な理由で改変していることはわかる。

しかし病に対する差別と偏見という誰にも非の無いもはやどうしようもないものに抗わなければならないこと、そしてそうした時代だったということにあの物語の悲哀と叙情性を感じているからだ。


にもかかわらず、なぜこの作品を『砂の器』と並べて評価するのか?

それはこの作品ではなぜその大火を起こすに至ったのかが緻密に描かれているからだ。そこに後付けの白々しさが入り込む余地はない。それほどに追い詰められ精神が崩壊していく様が生々しく描かれている。

そして加害者の子としての過酷な運命もまた胸が抉られるような描写が続く。追い詰められ社会から打ち捨てられ、そこから逃れようとして消しても消しても追いかけてくる血縁という業。

この重くのしかかるリアリティが『砂の器』のそれと私の中で重なった。

しかしこの作品はそこでは終わらずわずかながら希望を覗かせる。

過去を消し去ることは出来ない。別の親から産まれ直すことも出来ない。

けれど共に生きてくれる人を得ることはできるかもしれない。

自分自身、それだけを見てくれる人が現れるかもしれない。

その光を見ることができたなら。

それを感じさせるラストに暖かさを感じた。








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る