コロナ後の世界は…… 繭の季節が始まる 福田和代 光文社

 新型コロナ後の近未来を舞台に描かれたミステリー。

 コロナ終息後も次々と現れる強力な新型ウイルスへの対応策として“繭”というの仕組みができた。政府が定めた期間は外出が禁じられ、巣ごもりを強制される。犬の散歩なども首輪のICチップによって管理された登録制で、許可のない外出は罰則がある。しかし、皆が室内で安全に過ごすなか、外に出なければならない者もいる。社会インフラを担っている人たちは、繭の間も人数を制限しながら働いている。主人公、警察官の水瀬アキオもその一人。最低限の人数でやりくりしているため、勤務は一人で行う。そのため相棒としてAI搭載の猫型マシン・咲良が支給されている。人のいない街で犯罪など起こらないだろうと思いきや、さまざまな事件に遭遇する。そして完璧と思われた繭システムの綻びを目の当たりにすることになる。

 クライシスノベルを得意とする作者の作品の中では柔らかい作風の作品で読みやすい。5話が収録された連作短編集となっている。

 近未来を舞台にしているが、これは〝今”を描いた物語だ。物流もシステムも娯楽も現在よりも発達しており、巣篭もり生活も悪くなさそう、と言うよりむしろ楽しそうである。生活保障の制度も充実している。

 それでもやはり人と直に触れ合えないことや行動の自由がないことからくるストレス、外からの人の目が無いことで起こる暴力などは無くならない。

 アキラの〝繭”の期間の勤務が2度目と書かれている通り、〝繭”システムはもう何度も発動している。おそらく最初の頃はパンデミックに対する恐怖や非日常に対する危機感は大きかっただろう。が、人は慣れる生き物なのだ。何度も繰り返すうちに危機感は薄れ、不満の方が大きくなる。そして病の危険性を矮小化し、〝繭”の効果を否定し抗議活動を始める人々が現れる。その活動が感染を広げていることをデータが証明していても、だ。

 システムの有益性を認めずに感情的な行動をとる人々へのアキラの苛立ち、いつまで、何度こんなことを繰り返すのだという抗議する人々の不満。そのどちらもわかる。生活の快適さは失われていないとしても、やはり制限されていると感じるのはストレスなのだ。一方で決まりを守ろうとしない人たちを見てはこう人たちのせいでいつまでも不自由を強いられるのだという憤り。どんなに社会システムや技術が発達しようと人の感情までもが劇的に変わるわけではない。特に人との触れ合いや自由に行動する楽しみを求める気持ちは変わらないだろう。そしてそれは社会がコントロールし切れるものではないのだ。

〝繭”は4週間で終わる。その4週間で感染を完全に押し込めることで疫病を終わらせる。

 4週間。コロナはそれでは終わらなかった。もちろん、緊急事態宣言は”繭”ほど厳密なシステムではなかったが。そしてこの物語でもシステマチックには片付けられない人の感情というものに防疫システムが負け、新たな疫病との闘い方を考えねばならないフェーズに入っていることが示唆される。完璧と思われた〝繭”システムの崩壊の端緒にアキラは薄寒い思いを覚えるが、読み手も同じ感情に襲われる。

 しかし物語の結末は絶望ではない。ささやかではあるが明るさを感じられる。

 コロナ禍を描いた作品は多く書かれているが、現在を投影させながら近未来SFとしてアフターコロナではなくまさに進行中の〝防疫”を描いている、新鮮な作品だった。

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