第59話 王都に迫る闇 5

 日本にいた頃から、自分には炎を操る能力があった。

 もっとも、使う機会があまりなかった、使う意味があまりなかったためでもある。

 無理して人前で披露して何になるのかわからずにいた。

 無理して人前で披露している男はいた―――近くにいた。

 見せれば気味悪がられることにしかならないだろう―――当時、あの世界では偏見があった。

 まあ、脱出できたわけだが―――異世界に、渡ることになったし、渡る羽目になった。


 はずっと感じていた―――何に振り回されているのだろう、と。

 


 銀の鎧を撫でる。

 鎧の壁———そう見えた―――この、は。

 本当に生きものの皮膚なのだろうか?

 女は不思議に思った。

 金属のようにも見えるが、背中に乗っている飛んでいても、決して寒くない。

 身体が冷えはしない。


 男の方は月明かりを受けて、顔は良く見えない。

 表情がわからない、そもそも風音がうるさくて聞こえないありさまだった。

 その事は知っているだろうか。


 金髪の男———なまじ、黙っていることが多いので、髪がなびく音だけが大きく聞こえるように見える。


 なにも出来んやつは、森にいれば野垂れ死ぬだろう。

 男は魔獣をよく知るものではなかった。

 魔獣と共に歩む者だった。

 男は思案していた。


「あの―――直前まで、火属性の男がいたな」


 先ほどよりも声を大きくした、金髪の男。


「ええ、いたわね」


 女も答えたが、意図を計りかねた。

 

「それと、霧が深かったのも気にかかる」


 これに関しては、女にはよくわからなかった。

 この辺りの森、確かに霧が山から下りてくることはあるのだろうが……。

 

 男は黙って前を向いている。

 の視線と同じ、進行方向へ。

 あの霧は、本当に自然現象だろうか。

 そうでない可能性もあった。

 結果として、予想通りというか、男にとって危険性のないものに終始したが。


「けど簡単だったわね、あの、土厳塁根って魔獣……」


 


「それも、アンタが弱点を教えてくれたからね……おかげで、上手く退治できたのよね? ―――やっつけちゃったけど、あれでいいのね?」


 女の言うとおりだった。

 モエルが暗闇で、彼なりに知恵を絞りながら戦った巨大魔獣———その相手を、一撃で搔っ攫うように仕留めた―――自分。

 しかしネタはわかっていたためだ、情報があったためだ。

 どういうつもりなのだろうか。この男は。出会ってから日が浅い。

 状況がよくわかっていないながらも、飛竜に乗り、いわば連れまわされている女———それが自分だった。

 真実があるとするならば、モエルと自分の能力に、大きな実力差はないという点だ。



「そろそろ、着くぞ」


 男は呟いた。


「着くぞ。って言ったって―――」


 眼下を見やる女。

 さっきから見えるのは一面の森である。

 月のみが輝く暗闇、民家も見えないことでやはりこの世界はあの日本ではないのだな、とより一層認識することしかできなかった。

 もっとも、そうしてと離れたことにより、ショックを受ける性質の女ではなかった。

 ショックなのは―――。


「着くぞって言ったって、どこに着くんですかーあ?」


 ショックなのは、騙されることだろうか。

 くだらない騙されかたを、男にされることか。

 もっとも、今回は違ったが。


 森の奥に、木ではない、違うものが見えてきた。

 その全容は暗闇により見えなかったが、飛竜は吸い込まれるように、まっすぐ降りていく。


 見せれば気味悪がられることにしかならないだろう―――それだけだった、能力。

 この世界では、使わなければいけなくなる。

 予感だけはあった。





 ――――――――



 お知らせです。

 冬季期間は、カクヨムコンテスト8があるので、別の物語を投稿いたします。

「火曜日燃絵流の冒険」は、しばし投稿を休みする予定です。

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