第52話 グスロット一級牢獄 2

 勇者がいた時代。

 魔王がいた時代。

 戦乱が―――あった時代。

 それは魔導具の発展が急激に進んだ時代でもある。


 魔王を倒したのは勇者だ。

 彼が武器として使った剣は、当然ながらただの剣ではない。

 不思議な機能があった。

 少なくとも当時は、かなりの特異性があり、民衆からは、神の遣わした者だと信じられた。

 そう、聖剣は魔導具の一種なのである。


 ――――



 人間観察が好きなのではない―――しかしここには自分と罪人しかいない。

 ゆえに観察するしか道はないのだ。

 この暗く湿った石の空間では。


 やにわに、石廊下の奥が騒がしくなった。

 人が増えた。


「む。どうやらお着きになられたようだな」


 言ってお喋りな衛兵は、外を見る。

 そしてにやりとロヴローを見た。

 これは、おまえの最後だ。


 この用事を忘れていたわけではない、だが重要性は薄れている。

 日常的な業務の内容である―――すなわち囚人の移動、罪人の移動。

 罪人は日夜、国中で生まれている。

 そしてその席も、いや閉じ込めておく部屋も、限られている。

 移動先は司法か、行政関係に様々だ。


 地上へ続く廊下の奥を見た衛兵。

 人々に目を向け、その顔が青ざめる。

 せいぜいが王城所属、正規の騎士数人が、ロヴロー連行に現れると思ったが。


「なっ……!」


 オーティ王女が一歩一歩、歩みを進めてきた。

 輝かんばかりの美しい肌。

 纏う豪奢なドレス。

 それは異性ばかりでなくあらゆる

 尊敬と賛美をあつめる、国のトップの姿だった。

『勇者を召喚する』という力を持つ以上、グスロットでは、王よりも王妃の方が決定権が強い。

 衛兵も、この日に行われる罪人移送の連絡は受けていたが、このお方が自ら眼の前を通っていくことなど、想像できただろうか。


 ―――き、聞いていないぞ!

 身の置き所がない。

 いつも罪人の前に出る役割だ、当然身なりに気を使うことなど最低限。

 何か無礼があれば処罰の対象。

 自分だけでなく家族も罪に問われるのではないか、とあればその動揺も当然だ。


 しかし解せない、疑問しかない。

 重罪人のいるこの地下牢。


「あ、あのお方が自ら……!?」


 衛兵が、驚き青ざめるのに対し、ロヴローは不機嫌そうに顔をあげるのみ。

 王女、今からでも遅くありません、お戻りを―――


「久方ぶりにお会いできて、光栄です、王女」


 口調だけは丁寧な、牢内の男。

 自分より金を持っている人間を見たのは久しぶりだ、とロヴローは呟く。


「このような姿で申し訳ありません。パーティに行くわけではないと言って聞かせたのですが―――まさかこのような場所でお会いすることになるとは思わず」


「お召し物に範囲外があるとは、ははあ、貴女あなたならではの悩みですな」


 王女は目を伏せる。

 それは罪人を見下すわけでもなく、罪を償いなさいと奨めるわけでもなく、ただかな死んでいるという様子だった。


「あなたも、私も―――勇者と共にいた」


 目を丸くした衛兵。

 王女と元豪商人の顔を、交互に見る。

 それでもなにがなんだか、全容はわからない。


 王女が罪人に対して、今、なんと言葉をかけた……?

 この二人は、知り合いなのか?



 ―――――――



 西の空を見るミキは、ただ佇んでいた。

 オレンジ色の光の玉が揺らめいている。

 それを横切る、黒い翼があった。


「飛竜———か」


 ミキは遠い空を見上げて思う。

 勇者伝説は、終わっていない。

 勇者伝説ではなく、勇者事実が欲しい。


 ミキはロヴローの話を聞いてから、思いつめた顔をしていた。

 悪人は裁かれる。

 意外なほどにあっさりと。

 だが……ミキはその過程の中で、不可解な謎を知った。


「どういうことよ……ロヴロー……!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る