第53話 魔導士


 黒く、巨大な毛玉だった。

 見ているモエルからは、そうにしか見えない……見ているモエル、いや眺めているモエル。


 もともと、積極的に動物と触れ合うような生活はしていなかったモエルである。

 ペットならばご近所さんにいたが……。

 魔獣などという存在、最近ようやく目にするようになってきただけに過ぎない。


 尻尾も、痩躯からは程遠い―――サンドバッグのような大きさをしている。

 その前に、剣を構えた男が立っていた。

 バッファローを迎え撃つ気だ。

 そう、強いて言えば大型のバッファローに、近い存在の魔獣だ。

 モエルも、何かの番組で昔見たのを思い出した。


 バッファローは二本のツノがあって、それがダンベルのごとく左右一体だったことが記憶にある。

 それに比べるとこの魔獣は、ツノは首などの脂肪に埋もれてやや存在感低い。

 重量級である。

 

 やや余裕をもって、避ける。

 爆走する毛玉が再度、こちらに向かってくる。

 なるほど、人間の動きでも、よく見れば衝突は避けられる。

 おお振りな攻撃だった。


 モエルは柵外から見ていた。

 この柵は、一応は魔獣侵入防止用らしい。

 そして柵だけではこの街を守り切れないから、魔獣討伐者が日々、任務を受け持っている。

 平和を守るための、街のギルド。

 モエル、今回は魔獣討伐に参加せず、見学だ。

 この前の王女との件から数日しかたっていない。

 存在厄介な火属性男。

 彼がどこか不機嫌そうなのは、周囲の人間から見てもわかった。


「俺は……自分でるのが好きだぜ?」


 グスロット付近で、魔獣討伐の指令クエストをこなしているモエルは、迷いなく宣言する。

 魔獣討伐は当然危険も伴うが、人間相手よりもはるかに気が楽なモエルであった。


「それでも、同業者の視察はしといた方がいい」


 シマジがやさしい声色で隣に立っている。

 本日、ギャラリーとして眺めているのはグスロットの他ギルドの人々。

 ―――その戦闘である。

 見たところ、この中に地の果ての人はいない。

 顔つきだとか、雰囲気を見てモエル視点だとそう見えた。

 つまりは日本人がいない。

 

 その戦闘中、『盾』を構えた鎧が今、突進した。

 鎧と表したが、どんな人物かはわからない。

 男だとは思うが―――あいだに駆け付け、割り込んだ形だ。


 毛玉魔獣が、ビクッと跳ねる。

 跳ねてというか、怯んだのか……?


「―――ビビったのか?魔獣が?」


「ふふふ……」


 シマジがにやけた。

 モエルの受けた印象と、事実は異なるらしい。

 腕組みをしながら、楽しそうな様子だ。


 バッファロー毛玉が、歩行ほどの勢いまで速度を落とした。

 どういうことかわからないままに、盾持ちと接触、揺さぶられながらも拮抗きっこうしている。


 剣士が二人、切りかかり、その毛玉は討伐された。

 贅肉牛ぜいにくぎゅうという、食用魔獣である。


「これが美味うめェ割につえェ魔獣ってんで、討伐の依頼は尽きないんだよ」


 グスロット近郊ではメジャーな存在らしい。


「ほほーお……勉強になりまっす!」


 手を合わせ、パンと鳴らす火属性。

 こういった知識は覚えておいた方がいいだろうか―――モエルは考える。

 魔獣のリストとか、いっそ図鑑などがあれば助かるのだが。

 魔獣については覚えている途中の異世界初心者である、グスロット周辺の魔獣は何種類か理解してきたが、これからもっと遠方へも出向く気でいる。

 地の果ての人の先輩連中から、口頭で指南を受けている日々だ。

 なんにせよ、シマジは親切な男だった。


「使った魔導具についてだけどさ―――、あれは『風』な?」


 属性の話らしい。

 シマジがやや得意げに、解説を始める―――。


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