第30話 グスロットでの日々

 低く、高速で地を駆けて来るものがいた。

 人ではない―――日本にいた、どの動物とも違うんだな、とモエルは理解した。

 それが残像を描きつつ飛び跳ね、古びた防具でおおわれている腹の辺りにぶつかる。

 犬に似ているが、牙と呼べるものがない。


「このお!」


 突き出した腕。革製の手袋の先で、炎が爆ぜる。

 四足歩行の獣が、火花と共に飛んだ。

 枕投げを思わせる軌道———といったら懐かしいが、吹き飛んでいって畑に落ちる。

 次々と枕は舞う。


 モエルはいま、街の近くに出没する魔獣を追い払っている。

 追い払っているというか、少なくない数を焼いている。

 これが今現在の仕事だ、業務内容だ。



 ――――――――――――――――—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————


 魔獣は厄介な存在である。

 彼ら?は人体めがけて走ってきて、防具にごつんとぶつかってひっくり返ることが、ままあった。一応は獣並みの頭、ということらしい―――。

 まあそれでも切り返して走る動作が獣級の加速度だから、厄介なものは厄介なのだが。

 草っぱらにそれらが入ると、姿も捕えづらい。

 草の動きのみを目で追うことにも、慣れつつあるけれど。


「いやあ助かりますう―――」


 老人が頭を掻いて喜んだ。

 この辺りの畑の所有者。


「奴ら、こうやってたまに追い払わないといくらでも入ってくるんでえ」


「なんのなんの……俺ぇ、役に立ってる?」


「ええ、もちろんだーよ」

 笑顔で首を上下に揺らすおじいさん。

 畑の食糧を守るため、このあたりの住民にとっては死活問題らしい。

 もうバンバン殺してくれ、と言ってくれた。


 農家の皆さんって、いるんだなあ、こっちの世界でも……まあそうか、そうなるよな

 だから動物愛護とか言っている場合でもないようである―――ていうか魔獣だしな、ビースト……動物じゃあない。

 というわけで絶賛活躍中のわが身である。


 モエルは王都グスロットで、通常の生活を覚えつつあった。

 一般人の生活、一般的地の果ての人の生活。

 ミキ、ミナモの会話で大筋を話して知っていたが、それは少なくとも噓ではなかった。

 モエルの力は役立っている。

 まあ、その効率に関しては初心、まだまだといったところだったが。


 この街で魔獣討伐の軽度モノをこなしている。

 モエルの火属性能力は文字通りパーティの火力となり、初級的な扱いの魔獣を追い払っていた。


 弾空狼もあらためて挑戦した―――これは畑にはあまり出て来ないけれど。

 魔獣は何でも出てくるわけではなく、生息地とかで住みわけはあるようだ。

 最も簡単ではなかったが、モエルが一度経験済みなのでいくらか筋が良くこなすことが出来て、シマジやその仲間内で驚かれる。

 得意クエストになって、秘密ではあるがかなりモチベーションが上がった。



 街の周囲の仕事の護衛の話も出た。

 隣町まで同行するほどの長距離はしないが―――実際、街から離れて、森に入ると生物の気配は強い。

 街の子供は絶対に一人で行かせないという話だった。

 小麦畑……に似た植物の何かをかなりの距離走って抜ければ、森や、日光が当たらない闇が増える。

 森は危険地帯だ。


 人間サイズの生き物、魔獣が出るぞという風潮。

 山や森が多い国土を持つといわれる日本よりもさらに厳重である。

 子供に積極的に襲いかかりはしないものの、街の近くに能力持ちの生物がいるとあっては、人類にとって危険極まりない。

 というわけで追い払おう。

 やるべきタスクは多い。

 講習会に隣接する施設に行けば仕事はいくらでもあり、紹介してもらえた。

 そうしてモエルの火で討伐を続ける……。

 というよりそれで得られる報酬が重要だった。

 ここにたどり着くまで一文無しだったモエルではあるが、一日二食を手に入れるまでに整えた。


 ただ、意外な魔獣もいた。

 ニワトリや牛や豚などは全く一匹もいないが、それに似た、二度見してしまうようなデザインの生き物はいる。

 人間が飼っている魔獣は存在した。

 街中にも、確かにいる……そういった点は、元居た世界、日本にも通じるところはあった。

 そうしてしばらくは単純労働、いや複雑労働……目の回りそうな日々を過ごす。


胡坐あぐらかいたオッサンがいたかと思ったが、よく見ると牛だった……なんだアレ」


「おーう、モエルよォ、飯! 飯の時間だわ~!」


「はあ、はあ……ハイ!」


 袖で拭いて、上げた前髪の汗が光っている。

 そうして日本のことなどすべて忘れてしまう程度には、活動していたモエルだった。

 楽しいこともつらかったことも、記憶のかなた。

 仕事は今のところ先輩たちから言われたものをやって間に合っている。

 そうでないとどれがどれだか想像もつかない……文字は読めるんだがね。


 雑でいい加減なように見えて、仕事を任せれば黙々とこなす男であった。

 他の『地の果ての人』同様、街の近隣で少しずつ暮らしに慣れていった。

 それらはやがて、近隣で行商を続けているミナモにも伝わった。

 時折、商人らしき者がモエルを遠く路上から眺めているような気はしていたのだ。


 そのため、期間はモエルの体感だが、別れてから一か月以上間があって、久しぶりに街中で顔を合わせたのだった。

 町が赤く染まる夕暮れ時だった。


「モエルくん」


 元気そうだね、とミナモから声をかける。

 夕方に街のベンチに二人で並ぶこととなった。


「ここの席―――いているかい?」


いてはいるな。空いてはいる―――待て、待て―――」


 座っていいとは言っていないぞ。

 モエルは視線のみで困惑。

 ミナモはそれに応じず、話し合いに持ち込むつもりのようだ。

 話合いか、もしくは取引。


「それでもいいよ、ちょっと話がね」

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