第31話 グスロットでの日々 2


 ミナモの来訪。

 その日のギルド業務を終えたモエルへの僥倖となるか。

 より正確にはギルドというよりも、この街に到着したばかりの講習生という括り、扱いを受けている。

 モエルはいわば初心者マークを備え張り付けている状態だ。

 簡単なものを一通りこなしているし、近くに同じようなことをやってきた先輩は多かった。

 まあ一応この王都、グスロットでは市民権(仮)を得ることが出来ている。


 ただやはりまだ女としゃべることに気乗りしないのであった。

 活発によく喋るように見えたけれど、え、まさかまだ引き摺ってるの、とミナモ驚愕。

 よほど前世での……というと言い方は違うか。

 地の果て、での女子とのあれこれで引き摺るようなことがあったのか。


 しかし一方で元気そうにしていることに興奮を漏らした。

 すっかりここに住んでるんじゃん、市民じゃん。

 そんな風に、ミナモは彼のことを不思議がり、面白がった。


「どうしてここに……」


「ボクにだって用事はあるしね」


 ミナモがグスロットに訪れる機会は多い。主に食料関連が多い。

 商業は移動が職場である。


「月に一度は来るんだよ……その時にるけれど。まあそのついでだね」


 溜め息こそつかぬものの、うがった様な視線を向けるモエル。

 何だよ、久しぶりだが……。


「んだよ……? 冷やかしにでも来たか? 可能なのかミナモ。さあて、お前に冷やせるかな? 火属性能力者を冷やせるかな」


「相変わらずだね……キミほど様子のおかしな男子はなかなかいないよ……」


 ミナモは笑った。

 美少女、とまで言わないまでも、人懐っこく綻ぶ口元。

 見る者に安心を与える表情だったはずだ。

 常人ならば程よい好感を得るだろう。

 そう、常人ならば。


 ただそうは問屋がおろさない男もいた。

 女が笑っていると、近くで女の笑い声が聞こえると、百パーセント自分が馬鹿にされているという思考に至る火属性である。

 性格がくすぶっているのだ。


 ミナモを眺めて状況を考えよう。

 仕事終わりの俺を襲撃しに来たのか?その意図は果たして。

 奴らは何が可笑しいというのだ。

 はは、決まっている、決まっているじゃあないかモエル。

 俺の顔、俺の体型、俺の全てをあざ笑うのだ。

 一挙手一投足、俺の全てを。


 いいか、連中は騙そうとしている―――詐欺師、そうそれはカモを目の前にした詐欺師———それ以外に在ろうか―――いや、ない。

 モエルの異常たる警戒心、それはどこまでも面倒だった。

 呪文のように唱え続ける。


熱子あつこがいい例だ……攻撃! 俺への口頭での攻撃……それはエンターテイメントの一環となっているんだよ……やつらの……! 凶悪な魔獣は俺の悪口を言わないが、言う者はいる……そう、女だ」


「キミさあ、もうねえ、病気だよ……どこでもらってきたの……?」


「どこでって……女からもらったとしか言えないなぁ」


 ミナモは苦笑する。

 ……いや、笑っちゃ駄目なんだった。

 たしかに面倒な男だなあと改めて感じる。

 心にこう……刻み込むこととした。

 女商人は表情を固める。

 本当ならば嘆息したいような気持ちではあったが、彼女の生活上、に不快感を与える動作はしない。


 さて。

 ミナモの繰り出した話は彼の予想とは異なっていた。

 商売のことだ、この街の多くの人間と友好関係は築きたい。

 それが彼女の本音でもある。

 知り合いに声をかけるのは自然なことだ。


「商売……?おっと、結局はカネかよ」


 口に出しはしないが、モエルは目を見開く。

 そっちか、まさかのそちらか。

 そういうガツガツした人間には見えなかったが―――。

 しかしそういう家庭であることは思い出した。

 ミナモの家族。

 だがこの女商人、なんらかのかたちで俺を利用しようとたくらむ者?

 かつて俺を飯作り係としか見ていなかったあの女のように。


 なおあの頃は仕方がないなあと納得していたし、そもそも自分で作ったものを食べることには、最適解的な安心感を覚えるモエルであった。

 食事は自炊派。

 自炊には一家言ある男である。

 あとなんとなくだが女の方は、裕福な家庭ではない気がした。

 だが熱子側もそうなのか……まさか。

 いや、過敏な潔癖症であるという話はなかったはずだ。

 だからボランティア的に飯を出してやった、とまではいわないが……。

 ぶつくさ呟くモエル。

 良い取引をしよう、とミナモは微笑む。


「今日は仕事の話……ボクの父がね、まあモエルくんも知っているとは思うけれど貿易をやっていてね」


 おお、あの七福神的な表情の壮年が思い出される……それが?

 ミナモが言った―――商売をするが、魔獣の出現に左右されるのがこの辺りでの日常さ、とのことだ。


「魔獣討伐が出来るヒトを探している……わけだよ、馬車に乗れる者がいてほしいなあと」


「……」


ちらちら見やる女商人と、目を細め困惑する異世界初心者だった。


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 二人はしばし、散歩を始めた。

 ふうむ……だがモエルは今、そういう話にぜひとも飛びつきたい。

 カネ稼ぎだ。

 カネが無ければその日のパンも買えない。

 無ければお菓子を食べればいいじゃない。


 なんて思い返した元の世界の記憶、知識。

 街の菓子店は見つかった。

 そういうハイカラな店は、意外にも庶民的な客が多いように見受けられたが、行ってはいない。

 あの言葉は結局だれが考えた言葉なのか色んな説があるらしいが……。


 まあとにかく、金を稼がねば。

 稼がねばならぬ―――身も蓋もない話だ。

 世の中には金の荒稼ぎは汚いことだ、と主張する者もいるが……とんでもない。

 今はそう考えている。

 異世界こっちに来てから飯があんまり美味しくないような気はしていたが、何のことはない、節約ばかりしているからだ。

 ちなみに基本的に日給制だった。

 まあ時代的にな。



 まさかこれほどの貧困が身に降りかかるとは。

 自宅に帰れるものならば預金だのなんだのを片っ端から持ってきてこちらでの資金に充てたいくらいである。

 あっちにいた頃は休まず働いていたからな。


 ふと、噴水がある広場にさしかかる。

 ミナモはくるりとターンして、ゆったりとした服を回し揺らした。

 その噴水の勢い、その水出力は弱かった……まあ最新日本のそれと同出力はないか。


「モエルくん、改めて改まって、お話するけれどね……ボクはこの世界の人間ではないんだよ」


 ミナモは両手のひらを空に向けていた。

 無駄にそう、無駄に大げさに宣言した。

 満足気な笑顔だった。


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