第29話 リイネへの報告 3

 ミキはギルドの調査報告を始めた。

 リイネの瞳が開かれ、少しばかり居住まいを正す。

 もっとも、常時姿勢が良い女史ではあった。

 天に向かって迷いない。

 もっとも、女剣士ミキもその身体能力が立ち振る舞いに現れていたが……。

 

 「一番肝心なところは魔導具のことになるけれど」


 ギルドでの魔獣討伐は今や魔導具が主流だ。

 兵士、武装した一般兵は参加はするがそのサポートである。 

 伝説の芳香では中型以上の魔獣を討伐する際には複数の戦闘魔導具の携帯を義務付けられている。


「ただ、一体に対して使用回数は一度、というルールで回しているのよ、それが規則ね」


「規則を作っているのですか?存じ上げませんね」


 話を聞くに魔導具の使用を最小限にとどめている。

 それを扱う力を持った魔導士も少数なようだ。

 魔道具ではこういう類のギルドで一番高価なものではあるから、それを抑えれば組織の金は増える。

 大火力での発動は、魔導具に亀裂が入っても不思議ではない。

 

「大型魔獣に対してもそれで通しているわ」


「しかし、それで討伐できるようなものなのでしょうか」


「かなり無理な方法を使ってやっていたわ」

 

 最前線の複数人で、何とか足止めしている。

 そうしてとどめを刺すのは魔法ということになるが、それまでの被害が多い。

 二度と戦えないような身体になる者もいる。

 ギルドはわざとやっている。


 かつてのが過ぎ去ってからも、魔獣討伐数の記録は重要な指標数値である。

 こちらの人員の被害もまた、報告書があり、多くは王都の目の届く範囲にある。


「報告のたぐいは、捏造ね―――誰が報告書を書いているかを見た方がいいわ」


 目を見開き、顔を見合わせる。

 それもロヴローらの手先であるか、もしくはギルドから金を受け取っている者なのだろう。

 ミキは続いて、三通の手紙をテーブルに置いた。


「討伐隊の、負傷者たちが書いてくれた手紙よ、故郷に帰るしかなくなった者のなかで―――、三人の署名」


 結果として、最前線で魔物の爪を受け、牙を避ける者たち。

 新人は最も負傷の可能性は高い。

 単なる負傷、程度で済めばいいもののそう甘くはない。

 魔獣討伐は連戦も多い。


「彼らの中には読み書きができない者も多いわ」


 これまで、明るみにならなかったということにも理由はあるらしかった。

 伝説の芳香の本部は王都にあるが……魔獣の多い地域に仕事量が集中している。

 王都に住んでいるレイネからは何もわからない。

 この三通はほんの一部。


 それらの手紙に目を通す。

 もとより危険な役割とはいえ、毎日が事故のような惨状だ。

 新人がそんな扱いを受ければ負傷は避けられない。

 組織のやり方は、まるでそれを狙っているかのようだと訴えていた。

 最前線で魔物を釘付けにし、魔導具の火砲を命中させるために。

 金のためだけにそこまで過激なことをやっているとは―――。


「得をしているのは幹部だけなのよ」


 ギルドでは団員料と称して、メンバーから定期的に献金させている。


「けれどミキ……そんなことをしていて、誰も何も言わないのですか? ギルドのその……幹部とは言わないまでも、多くの人々は」


「派手なことをやっていれば、危なくなると幹部もわかりそうなものです」


 手紙に目を通すリイネの顔色が青ざめるにつれ、執事の男も金髪の女性に同調する。

 どれも、やり方としてはいい加減が過ぎる。

 実際にギルド内で魔獣討伐に関わっているミキも、初めにこの話を聞いた時も、疑うしかなかった。

 彼女が魔獣討伐において、若いながらも実力者であったことを抜きにしても。

 魔獣討伐に関わればひどい目にあうぞ―――と見せつけたいかのような、上の方針。


 これらの乱雑さは、隠しきれるものではない。

 人の心を持ったギルドメンバーは、ミキの目から見ても多かった―――少なくとも本人はそう感じている。

 ついに反抗した者たち。

 声を荒げた男どもに囲まれたロヴローが、口にしたのだった。


「そんなに大声を出すと、このギルドの評判は悪くなるぞ」


 それでいいのか、とロヴローは言う。

 声を荒げていたメンバーが黙って口を開けた。

 正義の心を発揮しても、自分達が困ることになる。


 事情、流れにそれぞれ違いはあれど、全員が伝説の芳香の一員であることに違いない。

 そこに人生を置いている。

『伝説』に関わりたいと願ってそこに集まってきたのだ。

 

 自分も勇者のようになりたい―――、との人心がある。

 大ギルドに関われば、親兄弟が揃って笑顔になってくれることは間違いない。

 それをロヴロー、ギルド幹部に利用されている形になっている。

 

 ギルドを抜けたメンバーもいることは、いた。

 確かに自分の意思を持ち、脱退の意を伝えた者もいた。

 勇気はあるだろう―――ただ、そんな彼ら彼女らに、他の大型ギルドはあるのだろうか。

 次の行き先は全くわからない、保証もない。


醜悪しゅうあくな……こともあったものですな」


 一歩引いて話を聞き終えた執事の男は、感情をふだんからあらわさない性質ではあったものの、そう呟いた。

 リイネやミキと同年代の若者が、もっとも負傷率が高いとあっては、顔をしかめる。



「他ならぬあなたの調査です、ミキ、これらの報告は信用しましょう―――同時進行でしたが、私も調べさせておきました」


 執事と顔を見合わせる。

 確かに、お金の流れで不自然な点は数多く見つかっている。

 もとより、危険に立ち向かうための魔獣討伐ギルドである。

 死傷率、日本でいうところの殉職は、有り得るところではあった。

 しかしそれを推奨し、目指すような意図さえある。



 総じて、ずさんな組織であり、割を食っている泣いているのは新人のみだ。

 怒りというよりも残念だった。

 リイネは目を伏せる。

 彼女の母親も知っていたし結成時のことは覚えているという。

 それは思い入れのあるギルドだったのだ。

 

 そうなると、この数年で出来た付け焼刃なものではなく、徐々に腐敗していったというところか。

 結成の当初とはずいぶん様相が変わってしまった―――。

『勇者』にとっても―――きっとそうだ。

 残念に思うに違いない、彼が生きていたならば……。



 ミキは口にしなかったが、伝説の芳香ギルドは王都から、多くの支援金を受けている。

 王族御用達、と言ってもいい存在だった。

 このギルドがこれまで延命しているのは、つまりは王族が存在して援助をしていたせいである。

 金はどの組織にも必要だが、ただの資金集めのシステムになっているこのギルド。


 どんな内部状況だろうと、ほぼ問題なく活動できてしまうのだ。

 金がたまっていけば施設外観はいくらでもよくできるので、ギルドの外面を見る民衆からは、何も映らず。

 ただの羨望の的でしかない―――。


「ミキ、現状は私にとっても本意ではありませんわ―――母と話をしてきます」


 ミキは頼んだわ、と首肯した。

 王都にたどり着けてリイネの協力を仰げる。

 状況は変わらざるを得ないぞ、悪の親玉……!


「私も、いくらでも証言するから」

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