第12話 この火属性男は

『地の果ての人』。


 ミキたちの住む世界には、魔法が存在する。

 火、水、雷……。

 手のひらに乗せて操る自然。

 いくつかの工程を踏んだり、魔道具を扱うことによってそれは発動し、人々の日常を支えている。

 位の高い能力を運用する者は、魔導士として人々から尊敬を集めている。

 凶悪な魔獣を追い払う際にも、選択肢として外せない。


 また、『地の果ての人』と呼ばれる人々が存在する。

 能力を持ち、魔導士同様、いやそれを超えるレベルの力を持つことが多い。

 彼ら彼女らは総じて、この世界地域の常識を全く介さない。

 戦闘面でも、その他でも。

 そんなもの、初めて聞いたぞ、という振る舞いを見せる。


 かつてこの世界に現れ、魔王と戦った『勇者』も―――当初は、なにも知らない男だった―――という。

 何処か、とても遠いところから。

 ―――地の果てから渡ってきた人だということが、伝わっている。



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 出たとこ勝負の共闘によって、追跡者、ギルドの男たちを無力化することには成功した。

 ミナモも、「こんなことになるなんて残念だよ」―――と呟く。

 背後から一撃を入れるような真似を、町の商人のもとで世話になっているミナモではできない。


 ミキも、気は抜けていない。

 剣は、いつでも抜けるようにする。

 さて、あの追手の男達はいなくなった。

 今すぐ襲い掛かることは出来なくなった、それは違いない。

 ただ問題は———次の問題、炎を握る男が現れた。

 それはミキの言う小悪党か、それとも―――。


「大悪党か……!」


 さしあたり、課題はそこにある。

 降りかかった火の粉を払うべく、ミキは剣を構える用意をする。

 男は、ぼんやりとした、幽鬼のような表情のままに、話しかけてきた。


「あんた達……は、追われていたな」


 ミナモがその問いかけに、素早く反応する。

 ボクたちの事情を知っているのならば、話し合いに持ち込めるだろう。

 そんな希望がある。


「たっ、助けてくれてありがとう。追われていたんだ!」


 笑顔で、敵でないアピールをするのは別に計算しての行いではなかった。

 ミキとは違い、友好的な関係を築こうという癖があるミナモ。

 その目つきは端に行くほど垂れており、丸みを帯びている。

 常日頃から笑っているような顔つき―――、中性的な印象を、火属性男に与えた。


「通りすがりの……ええと、火属性の魔導士さん」


 話の流れで名前を聞こうと画策する。

 親しくしましょうね。


「ああ、俺は通りすがりの火属性能力者だ、今回はアレだ! あんたらを助けることになっちまった、『人助け』をした……が! したく……ないな! やっぱりしたくない!」


 突然にドスをかせた声色になる、先ほどまで炎を握っていた男。

 吠える犬と遜色ない様子だ。

 彼は興奮している、切りかかった男たちが全員寝てしまっていても。


「女は助けねえ、……特に女はっ、助けねえ! 何故なら!この世の女はクズばかりだからだ!」


 ミキはその男を見定めようと、息を殺した。

 どういうことになっているのか、敵は去ったのか?

 この後がまるで予想できない。


「声を掛けようが炒飯を作ってやろうが、少しばかり俺が……ミスをしたらマジギレして発狂パーティをするんだ! あのとき電話してきたのも女上司だった! いったい何回仕事を追加すれば気が済むのか! すべての女は俺を攻撃するために生まれて来たし! 俺を攻撃しながらにっ、死んでいくんだ! そういうルールなんだよォ! 何時いつだって連中のやる遊びは、そういうルールなんだァあああああああああああっ」


 うろろおおおんん、と両手のひらに顔を沈め、膝を地面に落とす燃絵流。

 途中までは、田舎領主が農民に行う演説の調子だったのだが。

 おお~いおいおい、と男のうめき声は。

 喉が洞窟なのかというような反響を見せ始める、聞かせ始める。

 おやおや、本当に涙を流しているぞ。

 先ほどまでの熱弁は一体?


 ミキもミナモも、呆気にとられるしかなかった。

 この男、なにやら精神状態につまり―――不調があるようだ、というのは理解できる。

 出来るけれど。

 血気盛んな者としては、町のゴロツキに居てもおかしくない性質。

 顔を見合わせる。

 どうしよう。


「ええと……この人はどういう……? もしや知り合いにいたりとかしない?ミキの」


「まったく……よ。でも待ちなさいミナモ。 悪党でなくとも、珍獣かもしれないわ」


 手でステイする女剣士だった。

 一歩進み出る。

 剣を使うことは消え去った気配である。

 相手が不審な輩でも。

 とりあえず切りかかるような真似は、メソメソと手で顔を覆って座り込む男に出来ない。

 だがこれもギルドの行っている何か……作戦のうちかもしれない。


「ねえ、あなた」


「……燃絵流もえるだ、なんだあんた……剣を持っているな」


 顔を覆った指の隙間から視線を見せる火属性。

 女剣士の帯剣に気づいていなかったのだろう。

 良く見えていなかったのか?

 男の目の形は、左右で歪んでいた。

 疑うような目線を上げる。


「あんたも……なのはわかってる。 俺の人生の難易度を上げる気か……!」


 そんなことをして何になるのよ……。

 ミキは嘆息し、ミナモの方を向いた。

 二人して相談を開始する。

 モエル、と言ったのかこの火属性男は。


「ミキ、何なんだろう、訳ありなのかい?」


「知らないわよ……私は会ったの初めてだし―――どうせ、女にソデにされたとか別れ話がこじれたとか、最終的に平手打ちをされたとか、そんなところでしょうよ」


「ははあ、女性に対して根強い恨みがあるんだね―――なるほど、それでボクたちのこともまとめている、と―――面積の広がってしまった主語とは、厄介なものだよね」


 この世界では起こっていないはずのことを、ほぼ正確に言い当てるミキミナモであった。

 全てを声にして出さなければ、そのまま心理カウンセラーとしての道を歩む可能性すらあった。

 しくしく、と湿っぽい火属性能力者は、二人の顔を見ずに呻く。

 彼はいまだに、全てが納得いっていない、いかずにこの世界にいる。



「ええと。 モエ……ル。モエル、あなたは……」


「もういい! なにもするな! 放っておいてくれ! 俺の負荷を増やすな!」


「ボクたちに敵意はないんだ、モエルくん! とりあえず場所を移そう。実はがまだ来る可能性はあるんだよ」


 モエルは聞き耳を立てた。

 終わっていないのか。

 争いの気配は消え去り、途端に疲れが湧いたような気がした。

 今日のこともトラブルだったが、連日のギルドやそのほかとのやり取りで疲弊をためつつある女達であった。

 人間とのいざこざは、絶えない。


 ミナモは自分の馬車の馬の手綱を取る。

 自分たちのが、まだ健康そのものであることを確かめた。

 陽は、まだ上がりきっていない時刻。

 当初の目的地を目指すことにした。



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