第13話 この世界は

 

 ギルドの男達と馬車によるカーチェイス(?)は終了した。

 その後、燃絵流とミキ、ミナモのひと悶着が落ち着いたころ。

 三人は馬車に乗って移動していた。


 彼の心情としては、言動の悪い男たちを懲らしめてやったという認識だ。

 ミキ、ミナモ、この女どもなど知らん……。

 ただ、喧嘩っ早い性質で、尖っているだけの男にも見えただろう。

 しかしもう、これ以上他人に振り回されるのは御免だった。

 どちらかと言えば振り回されたりひどい目にあったり被害者になったりすることが多いというのが、燃絵流の主観であった。

 よくわからないままに火属性を発現した男の人生。


 これからも、一歩間違えばまた繰り返し。

 相乗りするミキや、馬の手綱を握るミナモが気付いていたかどうかはわからないが―――燃絵流は、かなりの警戒をしていた。

 ミキは時折、質問をした。

『モエル』を理解しようと努めている。



「魔導士……あんたが言う、能力者っていうことなのね?」


「……見てわからないのか」


 彼女は問いかける。

 ミキは質問係。

 ミナモのほうは黙々と、しかしいくらかリラックスして手綱をひき、馬を前に進めなていく。

 モエルはと言えば、見知らぬ人間と慣れない馬に緊張していた。

 女から呼ばれる『モエル』は、いくらかイントネーションがズレているように感じられる。

 故郷とは違う。


「じゃあさぁ………あいつら、あの男たちに恨みとかはあるのかしら?」


「いいや、ただ―――イラついただけだ、恨みはあったけど数秒前に生まれた」


「そう、単純ね……」


 ミキの傍らには、鞘に納まってはいるが、剣がおかれていた。

 武器。

 何気に本物の切れる刃物には緊張するモエル。

 ふむ、この、だいたい同い年と思われる女子が携帯している剣か。


 なおミキの方も、目の端の辺りなど、剣のような鋭さがある。

 本当に剣士と言った印象。

 そして燃絵流に対して好意があるとは思えない。

 無礼を働けば切り捨てるタイプの性格だろうか。

 下手なことはしないほうがいい。


 能力者であると聞いて、別段驚きもしないし………と言うか、なんだろう、この女の子。

 モエルは荷台で動けない。

 言ってみれ、初めて乗る馬車、まったく暴れることなく黙々と歩を進める生き物………馬の背中を見て、驚きと興奮………いや、新鮮さが入り混じったような、不思議な感覚にとらわれていた。


 ブラウンの長い顔の馬。

 馬が先頭、ミナモという、穏やかそうな女子が歩を進めていて、この荷台がある………。

 多少の積み荷はある。

 張られた布で覆われているが、帆船のマストを思わせる―――。

 感覚的にだが、行商をするには荷物は少ない、数日間の食糧だけと言った体積だ。



「火属性であることは一目瞭然よ……でも、色々使える可能性もあるからね……モエル、あんた『地の果ての人』でしょ?」


 モエルは意味が解らず、黙る。


「とても遠い場所から来たんでしょう、ってことだよ」


 馬車を運転……運転?しているミナモが言った。

 少年染みた声色にも聞こえる。

 おそらく女だ……、とモエルは見ているが、この世界、服装からではイマイチそういった特徴がつかみづらい。


「―――俺が、能力者なことに、驚かないんだな、あんたら」


 尋ねてみる。


「そりゃあ―――珍しいって言うほどのものでもないし」


 ミキとミナモは視線を交わして同調した。

 この二人はそれなりに日常的につるむ仲らしいことは推測できるモエル。


「この世界では色んな人がいるからね」


「この世界………?」


「あんた、違うところから来たんでしょう?『ニホン』っていう、島国から来たんでしょう?私は知らないわ、そんな国………でもね、能力者はみんな、そこから来るのよ」


 彼女のそれは教科書を読み上げるような口調にも似ていた。

 知識として、豆知識として知られている、この世界での常識ということだろうか。

 モエルはそのあたりの事情を理解していく。

 そうか、今までの常識は完全に捨ててかかったほうがいいか。

 いやあ、大変だ。


 覚えるべきものは他にもあって、多すぎるくらいだ。

 さっきから―――見覚えのある風景がない。

 景色一つ取りあげても、わからない。

 ここは、外国?

 燃絵流は生まれてからこのかた、国外に出た覚えがない。

 修学旅行は確か、沖縄だった。


 なんだか嫌な汗が出てきた。

 緯度も経度も、まるでわからんぞ。

 いや、まずい。

 まずいっていうか―――怖すぎるだろ、これ。

 え、ホラーなの、ナニコレ。


「ここはなんて国だ―――ええと、あんた………ミキ」


 警戒の口調のモエル。

 ちぐはぐだ。

 これまでの流れで、世界が別になってしまったことは、もう疑いようがない。

 それでいて、ミキは。

 意外と日本風な名前、だが………?


「ええと、で………ミキさん、あんたに『質問』だ―――ここはどこだ」


「道よ、何もないでしょう」


 そう言われては返す言葉もない。

 確かに田舎道だった。

 そういう質問ではないんだが。

 ヨーロッパの、どの辺りか聞きたい。

 いや、待て……ヨーロッパか?


 田園風景、と言うべきか、十八世紀のイギリスあたりの農家が、こんな風景ではないだろうか、広がる畑と積まれた牧草らしきものも、ちらほらと見える。

 道中、見える木々、その蔓草つるくさをとっても、地元で見たものとは似つかなかった。

 日本原産ではない植物だ。

 植物学的な素養のないモエルでも、それくらいはわかる。

 この世界、柿の木とか、ぜったい無さそう。


 風の香り一つ取っても、違う、違和感が……存在する。

 昔いた場所はもう少し湿っぽさがあった気がする……

 場所は完全に変わっている―――異世界なのは本当なのか。

 すると、変な形のバケモノと戦ったことも―――あれは、夢?

 わからない。

 あの、小汚いおっさんは?


「世界に関して、気にしないほうがいいよ―――あんたも、この世界に来たのなら、戻ろうとは考えないことね」


「戻れない………?」



 日本に、戻れない。

 女の横顔が脳裏にぎる。

 あの、部屋から出ていった、彼女のことを思った。


 ………っ、あんな、女。

 感情でものを言うだけの、乱雑な、無責任なあの女に。

 思い出すだけで疎ましい。

 それでも、もしかしたらもっと仲良くできたのだろうか、と思ってしまう自分。

 それもまたうんざりだ。

 世界が変わった中で、一番はっきりと残っている映像がアレだ、という事実、燃絵流をひどくイラつかせた。


「あんな、クズ女………」


 呟く。


「ちょっと、誰がクズ女よ」


 びっくりしたような声色だった、ミキがツッコミを入れてから俺は、気づき、そして―――。


「え?………ああ、いや、違うんだ、あんたとは別人で……あんたのことじゃあない」


「なによ、私のことがイヤならイヤって、言いなさいよ、はっきり。あんたも私のことをヘタレ勇者だって馬鹿にするクチ?」


 別にそんなことは言っていないんだが……モエルは話の流れについていけない。

 そんなことを……、そんな会話があるのか。

 そもそも俺は勇者を初めて見るから、知ったことではない。


 ん?

 待てよ、勇者とは……?

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