第11話 女剣士、ミキ 2


「なんだ、お前は……?」


 ギルドの面々が、現れたその男に視線を集める。

 集めざるを得ない。

 背丈は自分たちと同じぐらい、青年ではあると思われるが……顔立ちは幼く感じられた。

 ギルドの人間、この地方の人間と考えると、やや違和感を覚える。

 

 いや――—それよりも、服装が目を引くものだった。

 見たことのないものだ。

 兵士傭兵のような防衛職ではなく、では一般の農民かといえば、それも妙だ。

 染め方や縫製が正確すぎる衣服である……。

 何らかの魔術によって編まれたものですと説明されたら、そのまま信じてしまいそうだ。

 総じて異質な男であった。

 出で立ちも振る舞いも。


 知らない土地の者だろう、か?

 ここは馬で走れる街道であるし、王都にも近い。

 ならば、かなり遠くの地方の行商人が、通りかかるくらいはおかしくない。

 女剣士、女商人は事態をただ静観している。


 現れた青年は同年代だと思われるが、敵か味方かは不明だ。

 男は陽が高いというのに、松明たいまつかざしていた。

 手の上が、燃え盛っている。


「おい……ウルリーはどこに!」


 一人が声を上げた。

 ギルドの一員が走っていたはずだが、ここにいない。

 欠けている。

 確かこの隊の後方で―――馬に乗っているはず。



 馬がのろのろと、歩いていた。

 見れば、草むらに、転がっている男がいた。

 何らかの何かでウルリーが落馬したが。

 それがどういうことなのか一同はわからない。


「てめえらの仲間だな」


 地面の上を妙にぐるぐると転がっているウルリーを一目見る、松明たいまつの男。


「ウルリーって言うのか、あれ」


 男は手の平を掲げる。

 そこから炎が湧いている。

 よく見れば、松明など最初からなかった。

 炎を握っている。

 それだけだということに気づく。

 火に手を翳して暖を取っているのわけではない。

 ギルドの面々は、一瞬、顔を見合わせた。


「ちい!」


 魔導士!

 魔導士の類だ……ギルドの面々は、それまで女剣士に向けていた刃先を、全てその男の警戒に向ける。

 なんてことた。

 よりにもよってこんな時に……、と。


 それは面倒なのが現れやがったな、というような感覚だった。

 さっさと人数差で間合いを詰めれば、まだいける―――事態は収拾がつく。

 ビビって逃げることも考えられるだろう、この見知らぬ炎の男がな!

 魔導士自体はギルドの仲間にもいたのだ。

 戸惑うことはない。

 男たちは駕鳴がなる。


「なんだ!邪魔すんなよ田舎者が!」


「ヘンな格好をしやがってぇ! 祭りの日を間違えたかぁ?」


 激昂、飛び掛かる二人の男。

 前髪で片目が隠れた男と、入れ墨が頬に入った男。

 兵装も装備も何もない青年にのしかかったと思われる男たちは、弾かれるように飛びのいた。

 二人の男が、炎を浴びて、剣を振り下ろすことも出来ず、その場でよろける。

 桶の水をぶっかけられたかのように、炎を全身に浴びた。

 回転する。


わりわりい、お前らの口があまりにも臭いからよォ、プロパンガスみたいだったぜ、まるで。 つい燃やしちまった。 うん、燃えるよなあ~」


 炎を握る男が両手を天に翳しながら言う。


「ふッ……ぐうううッ!?」


「だあああ……なんだぁ!?」


 身体に炎の直撃を受けた二人の男は、炎を振り払おうと藻掻く。

 やがて、回っても意味はなく、ひざを折り、地面に身体を押し付けていく。

 ウルリーと同じように。

 なおウルリーの炎は鎮火したようだ。

 身体が動いている、息はあるが、起き上がる気力はないように見える。

 残された一人は、じりじりと下がっていく。

 

 ミキもミナモも、唖然としながら様子を見守る。

 いったい何が起こっているのか。

 いや―――それ自体はわかった。

 ミキにもミナモにも思うところ、前例のはあった。

 このような能力。


 しかし、何だこの男、この不機嫌そうで機嫌が悪そうな男は一体。

 ミナモは気づく。

 先ほど、馬車を操り、走らせていたのは彼女だった。

 急いで馬車でひきそうになってしまった男だと……思う。

 正確に姿を見る余裕などなかったけれど。

 しかし全く面識がない。


 ギルドの残された最後の男が、歯を食いしばる。

 頬を流れたのは冷や汗だ。

 おかしい。

 この世界での常識と照らし合わせる。

 様々な能力を持つ魔導士自体は、目にしたことはある。

 『火属性』も、ダンジョンでの探索での照明など、比較的重宝されるスタンダードな者たちだ。 


 ただ、ここまでの魔法の発動速度を見る限り、高価な魔道具を使っているとしか思えない。

 そういった者は、ギルド内でも、確かに存在する―――。

 大型魔獣討伐など、大仕事に使うためだ。

 ただしそんな特別任務、この辺りでは聞かない。

 ……っていうか、詠唱は何時いつだ?

 あの男、今、なんかしてた?


 魔道具。

 それもそんな、一度でも壊れたら人生終了借金モノなレベルの戦闘用魔道具……と推測される。

 それを持ち歩いている魔導士など、めったにない。

 どういった事情だ……?

 結局のところ、人間ヒト同士での単純な争いや喧嘩ならば、武器を取って切りかかる、突くことが一番の定石だった。

 弓があればそれで、まあ勝ち確定だろう。

 山賊なんかがいい例だ。


 さらに言えば、魔導士ならば連れの護衛だの補給役も引き連れているはずだが。

 そんな集団はどこにも見えない。

 仲間は無しか。

 メリットが存在しない、一見してただの馬鹿な行いにも見える。

 この炎の男に対する恐怖……増大していく。

 単純に強さが恐ろしい、怖い。

 ただ、同時に。

 この世界での常識と照らし合わせて、そして意味不明なことが、怖い。

 なんだこの、炎を握っている男は。

 

 咄嗟に、というか何もかもわからなくなり、後ろを振り返る。

 女たちも、まったく状況が理解できないようだった。


「ミキ! ……助けてくれ、同じギルドにいた仲じゃないか! 今からでも取り繕ってやるから!組織とのことをっ!」


 男が言って、ミキの瞳がわずかに細まる。

 女剣士の目の光が急速に失われていく。

 男は気づかなかった。

 意味不明かつ脅威な火属性が歩み寄ってきているから、女の顔色をうかがう余裕はない。

 それから、女剣士ミキは。


「ミナモ……、あの『炎』から目を離さないでね」


「えっ? ……ああ、もちろんさ」


 商人の女は、応えて今一度、衣服の懐布を握る。

 素早く逃走したり馬に飛び乗るなど、まだチャンスはあるかもしれない……。

 すゥウウ―――、と金属の滑る音がした。

 女剣士ミキは、剣を鞘に納めたのだ。

 そしてあきらめるように、声を上げる。


「ここは、共闘するしかないわね……」


 ミキは鞘を持ったまま、『炎の男』を見た。


「え?……ああ!」


 ギルドの男は、追い詰められた状況からの変化を感じ取った。

『炎の男』に向きなおる。

 奴は両手に炎を握り、歩み寄ってくる。

 だがしかし、この女剣士、気は強いからな!


「なんだキサマぁ!何が望みだ!盗賊かよ! 何を思って、『伝説の芳香』に楯突くんだ、コラ!」


「ああん?知るかよ」


 炎の男はブツブツと言った。

 呟く。

 歩み寄りながら呟き続ける。

 ただ生きていたら馬に轢かれそうになった。

 そしてさらに、怒鳴られるのは腹が立つ。

 それだけだ、と。

 お前ら口がくせぇ……口が悪い……俺のどこがガスコンロ以下なんだ……そんなことを言いながら歩み寄ってくる。

 不機嫌そうな若者に見えた。

 街中、ギルドの付近でもままいるタイプのゴロツキだ。


 ただ普通に生きたいだけだった。

 カヨウビモエルの人生を生きたかった、と。

 なのに色んなことを色んなやつに言われる。

 魔導士の詠唱のように、つらつらと続いていく言葉。


 ギルドの男は考えた。

 答えは出なかったが……、とにかく。

 ああ、駄目だ、決まりだ。

 頭の作りがおかしい奴だ。

 たまに見るタイプの、つまり、乱暴な田舎者。


 くそう、ロヴローの頼みで、女二人相手にして町に連れて戻るだけの話だったはずなのにどうしてこんなことに……。

 無傷での帰路は難しいか。

 冷や汗は流れるどころか、溢れていく。


「知るかよ……知るかだ。 お前も連帯責任だ、あの燃えるゴミの仲間だろ?」


 炎の男はなおも好戦的。

 ちい……、ミキ。どうする。

 男は女剣士との共闘を開始すべく、視線を送る。

 送ることは結局できなかった。

 後頭部を、鈍器で殴られるような痛みが彼を襲った。


「ぐえ……ッ!?」


 意識が暗転し、ぶっ倒れる冷や汗だらけ男。

 その真上では、鞘を握り締めたミキが立っていた。

 彼女が背後からぶっ叩いた結果だったのだ。


「共闘するとは言ったわ――小悪党あんたとじゃないけど」


 ミキは一息つく。

 しかし。

 さて、一息付けるだけだ、完全なる安堵には程遠い状況。

 二息、三息は吐きだせない。

 このあと炎の男をどうするとしよう……。

 彼女は剣の柄に指をかけた。


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